Special ala Collectionシリーズ vol.12『紙屋悦子の青春』インタビュー
戦争という不条理を受け入れながらも 懸命に生きた人々の姿やその想いを、
時代の残酷さや反戦ドラマ的な部分を前面に打ち出す ことなく、現代のお客さんにそのまま伝えたい。
『紙屋悦子の青春』 は劇作家・松田正隆が故郷の長崎らしき町を舞台に描いた 『坂の上の家』 『海と日傘』 と並ぶ「長崎三部作」の第一弾で、後に映画にもなった代表作。庶民たちの太平洋戦争史ともいえる本作を 《人の心》 に焦点をあてた、大胆にして緻密な演出に定評のある藤井ごうが、実力派俳優陣を得て新たに舞台化。主人公の悦子を新鋭・平体まひろが演じる。
藤井さんは文学座の高瀬久男さんに師事されたとか。
藤井 はい、なかなかの 《うるさ型》 演出家です(笑)。高瀬は松田さんの作品をたくさん手掛けているのですが、この 『紙屋悦子の青春』 はお気に入りなのにやってなかったみたいですね。実は私も昔から好きな作品で、舞台も観ているし、映画版も岩波ホールに観に行きました。凄くいい戯曲だけど、俳優さんは大変だろうなと思います。
台詞がすべて九州の言葉で書かれているからですか?
平体 目下、特訓中です!
藤井 それもありますが、太平洋戦争・末期の昭和20年の春を舞台に、東京大空襲で両親を失ったばかりの悦子とか、沖縄奪還のための作戦(つまりは特攻隊)に志願する明石少尉とか、登場人物が背負わされているものはとてつもなく大きいのに、表立った台詞に殆ど書かれていないので、のんべんだらりと演じたら、単なる何気ない日常の風景みたいになってしまう。演出でもそこは気をつけて丁寧に見せていこうと思っていますが、やはり最終的には俳優さん次第ですから。
平体 確かに素朴な九州弁の淡々とした会話が続きますね…。その中でも、ふさ(悦子の兄嫁)は 「いやだわ」って割と素直に気持ちを口に出しているけれど、私が演じる悦子は本心を見せないというか、令和に生きる私なら大騒ぎするところでも、彼女はそうしない。
本当は飛行兵の明石少尉に想いを寄せているのに、彼が連れてきた整備工の永与少尉との縁談を受け入れるし、出撃の日の朝、別れの挨拶に来た明石にも、悦子は何も言いませんね。
平体 彼女、全部わかっているのだと思います。口には出さないけれど。明石さんが帰ったあとの 《ト書き》 を読んで、 「やっぱりそうだったんだ!」 って、たまらない気持ちになりました。これまでは気持ちを台詞で表現する役が多かったけれど、この作品ではそれができないので、ある意味ごまかしがきかない。これからの稽古でしっかりと悦子役を掴もうと思っています。
藤井 悦子はタイトルロールなのにあまり思いを口にしないけれど、その分、お客さんの想像力や解釈に委ねられる。そうやって客席をあの世界に巻き込んでいくのがいい。あの時代をただ俯瞰で眺めているような舞台にはしたくないから。
76年も昔の 《あの時代》 の人々が描かれていますが、現代に生きる私たちに繋がる物語だということですね。
藤井 今も(ネット上の)様々な噂に翻弄される人々や 《自粛警察》 とか、日本人の国民性は当時とあまり変わっていない気がするし 《あの時代》 をなかったことしてはいけないから、そこから学ぶことが大事なのではないでしょうか。戦争という不条理を受け入れながらも懸命に生きた人々の姿やその想いを、ことさら時代の残酷さや反戦ドラマ的な部分を前面に打ち出すことなく、現代のお客さんにそのまま伝えたい。特にコロナ禍で死が身近にある今だからこそ、生きているって何だろうって考える機会になったり、歴史の勇者じゃない市井の人たちが生きたおかげで僕らがいる、その人たちの思いや繋がりを感じてもらえたら嬉しいです。
平体さんは小劇場での活躍を経て、文学座附属研究所に入り、昨年4月に準座員に昇格されたばかりですね。
平体 2年間、小劇場のいろんな作品に出させていただいたのですが、きちんと演技の勉強をせずこのままずっと役者を続けていいのだろうかと思っていた時、文学座のワークショップに出会ったのがきっかけです。幅広い世代の俳優がいて、みんな良い意味で個人主義。優れたソロ・プレイヤーの集まりといった感じです。今回の共演者はちょっとベテラン陣ですが、一緒の舞台に立てるのが待ち遠しいです。
藤井 杉村春子先生の時代から、役者が強いのが文学座。若い世代も先輩たちに揉まれて育つ伝統でしょ(笑)。
平体 頑張ります!
「ala Collection シリーズ」 であることも本作の魅力です。
藤井 東京にはない距離感で、芸術が身近にあるのがいいですね。特別なことじゃなく。
平体 一昨年、アーラでのワークショップをお手伝いできて楽しかったし、今年3月には文学座公演 『昭和虞美人草』 にも参加できた。あの素敵な劇場でまた皆さんに会えるかと思うとワクワクします。併設カフェのサンドイッチもめちゃめちゃ美味しい!
では最後にメッセージをお願いします。
藤井 戦時中の話だからといって身構えないで、そこには登場人物たちの青春があります。それはいつの時代、誰にでもある青春時代なのですが、でもちょっと何かが違う。それを劇場に見つけに来てください。
平体 コロナ禍で人との繋がりが危うくなっていますが、感染防止対策を徹底した上で、可児市の皆さんとしっかり繋がって、一緒に制作を楽しみたいです。
取材/東端哲也 撮影/中野建太 協力/フリーペーパーMEG