第70回 “松竹大歌舞伎”の巡業から

2016年9月24日

可児市文化創造センターala 事務局長 山口和己

去る7月21日、アーラでは7年ぶりに“松竹大歌舞伎”を上演しました。 この可児の地においては、かつて地歌舞伎が盛んであったことから、平成20年7月には2代目中村錦之助襲名披露公演(全国公文協中央コース)、平成21年7月には片岡仁左衛門一行による同東コース公演と2年連続して公演しました。 アーラがオープンして6年目と7年目での公演に歌舞伎ファンにとっては、待ちに待った巡業公演であったと思われます。ただ、多額の予算を要する一方で、隣県を含め近隣地域での公演と重なるなど、集客が伸び悩み、集客率は結局、初年76.8%、次年61.3%にとどまってしまいました。 毎年の巡業公演を望む声は多くありましたが、そのためには多くのリピーターと新規顧客の開拓が必要であることを実感するに至ったようです。

そして、今回は久しぶりに市川染五郎一行による全国公文協東コースによる巡業公演を実施いたしました。次第は、最初にスーツ姿の市川染五郎丈の「ご挨拶」があり、事前の念入りな下調べをもとに、本市の特徴を交えたきわめてフレンドリーな挨拶やら演目の説明が行なわれました。 演目は、『晒三番叟長唄囃子連中』、『秀山十種の内松浦の太鼓二幕三場』、『粟餅常磐津連中』 の3演目です。今回の公演では、歌舞伎が初めてという人のために、休憩時間に市川染五郎丈自らの可児市に関するクイズを交えたトークも聞ける「イヤホンガイド」を実施することとし、有料によるイヤホンの貸し出しを行ないました。

私も、このイヤホンガイドを体験しました。「染五郎トーク」には可児市内の話題が盛り込まれており、テレビの中でしかお目にかかったことのない染五郎さんにとても親近感を持ちました。もちろん、公演中の演目においては、演技に支障のないタイミングでの女性の声での解説が入り、演技や舞踊の意味を理解することができました。
地歌舞伎は別にして、私は歌舞伎の舞台を生で見たことは今回が初めてで、以前は鑑賞する人たちも何やら特別な階級の人たちとさえ思っていましたが、華やかな衣装や舞踊、そして舞台、多少難解ではあるけれど誇張したセリフ回しや所作、どれをとっても私にとって感動するばかりの世界でした。 これまで私は、歌舞伎に対して何か一種後ろめたいような気持ちも持ってきました。かつて国際交流の事務局を置く部署にいた時のことですが、海外を訪問するときの手土産や来訪の外国のお客さんへの記念の品に、よく浮世絵の描かれたグッズや歌舞伎に関するグッズを選んでいました。海外の方が喜ばれることを良いことに、歌舞伎の舞台を見たこともない、歌舞伎についての知識も全く持たない自分が、「日本の伝統芸能の歌舞伎というものに関わる品物です」としゃーしゃーと言ってのけていたことに、自分ながら少々腹立たしくも思っていました。 今回、舞台を見て感動を覚えたとはいえ、一度にこの後ろめたい気持ちが解消するわけではないのですが、少し自信を持って伝統芸能としての歌舞伎を紹介していけるような心持ちになりました。

一方、私が歌舞伎に対して抱いてきた大きな印象が、入場料が高いということです。これが、特別な階級の人たちが鑑賞するものだという思い込みにもつながっていたのだと思います。 今回私は、巡業公演を買い、入場料を決定して鑑賞者の皆さんに提供し、他の事業等とトータル的に収支や効果等を見極めていく側の人間です。 今回の集客率は96.3%とほぼ満席に近い盛況ぶりで、アーラでの巡業公演は成功であったのではないかと思いますが、ただ、これだけ多くの観客があっても、公演だけの収支で言えば、プラスの域には達しないわけで、われわれの立場としては、巡業公演を買う費用を念頭に置くと、最適な入場料を決定することに苦慮しなければなりません。

入場料が高いことについて、こんなことを聞いたことがあります。歌舞伎の値段の高いのは、歌舞伎の興業については松竹が独占しており、競争原理が働かなくなってしまったことが原因だというのです。さらに、歌舞伎が今ほどのブームになることを見越したのかどうかはわからないが、歌舞伎が過去の遺物のように見なされ、稼げない時代でも見限らず共に歩んで来た松竹が、この信頼関係をもとに、ここぞとばかり挽回しようとしているなどということを聞かせてくれた人もいました。 私はよくわからないので、否定も肯定もできないでいましたが、特に今回は、実際に歌舞伎を鑑賞したこともあって、むしろよく辛い時期を乗り越えて、ここまで歌舞伎界を支えていただき、建て直していただけたという、大げさですが感謝したい気持ちの方が勝っています。 また、現実的にも興業には間接的にでも国の支援が入っており、常識を逸脱するような行き過ぎがあれば国からの指導なども考えられることから、何ら心配することはないとは思っています。

ただ、困難かもしれませんが、もう少し安価に購入できれば、入場料をさらに安く提供できて、少しでも多くの人々に鑑賞してもらうことができて、歌舞伎ファンの底辺拡大にもつながり、ひいては多くの日本人が伝統芸能に対する誇りを自覚し、世界に自信を持ってアピールしていけることにつながるのではないかと思い、興業料金の値下げを、密かにですが、松竹関係者や歌舞伎関係者の方々にお願いできるものなら、と思っています。

アーラに来て1年5ヶ月が経ちましたが、先ずはアーラの事業を直接見て、聴いて、感じないことには、事務局長としての責任は果たせないと思いつつ業務に臨んできましたが、正直、お恥ずかしい限りですが、この年齢になってから日々カルチャーショックの連続です。そして、同時に思うことは、自身の反省を踏まえて、このアーラが市民をはじめ利用者にどれほどのものを提供しているのか、どれほどまちづくりに貢献しているのか、その評価に一番疎いのは、市行政の執行機関ではないのか、と。 幸いアーラについて、様々な方面から好評価をいただいており、このことを実感する一方で、行政がこれに遅れを取らないようにしていくことが私の務めでもあると改めて思う次第です