第157回 指定管理者制度による雇用の不安定化と人材育成は両立するか。

2014年2月21日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

全国アートマネジメント研修会、世界劇場会議国際フォーラムと、2週続けて、「3年雇止め」が常態化している指定管理者制度下での劇場音楽堂等の人材育成について突っ込んだ議論が展開されました。2003年の地方自治法の改正で導入された指定管理者制度が丸10年となって、導入当初より何よりも大きく変化したのは雇用環境といえます。全国的に有名で、特別支援施設の劇場音楽堂を例に言えば、有期雇用職員の割合が、2004年の43.8%から、2012年のまで8年間でなんと66.7%にもなっていますから。現在の日本全体の被雇用者の非正規率が38.2%ですから、劇場音楽堂等の非正規率はすでに10年前に「3人に1人」を超えていたことになります。3年前で「3人に2人」なのですから、現在ではそれを優に超えていることは想像に難くありません。私の実感としては、「4人に3人」のレベルに限りなく近くなっているのではないかと思われます。全国調査が待たれます。

この右肩上がりの数字は、指定管理者制度が導入されてから加速度的に変化している劇場音楽堂等における非正規雇用率です。原因としては、自治体財政の逼迫による総予算の削減があります。それでも劇場を維持して経営するには経費として掛かるものは掛かりますから、どうしても人件費の削減と、人件費から物件費への付け替えがドラスティックに行われるのです。

「人件費から物件費への付け替え」とは、業務委託契約などを導入して、物件費を膨らませて人件費の総額を低く見せかけることです。あきらかに詐術的な方法といえますが、これを2003年に意図的に大幅に導入した「特別支援」の劇場音楽堂等があります。その劇場がその時を契機に丸ごと「非正規職員の塊」になったわけで、昨年4月の労働契約法の改正施行によって、「1年毎の契約で無期雇用」と信じていた職員に激震が走っています。改正労働契約法は、昨年4月1日から通算5年の雇用期間になれば職員が「無期雇用」を申し出れば雇用者はそれを受け容れることが義務付けられています。当然、雇用者側は通算5年になる前に「雇止め」という手段に出ることは間違いありません。そうなるとおよそ6ヶ月の「クーリング期間」を経て再雇用(当然、使用者側が決めるのですが)となります。しかし、この「クーリング期間」は当然無収入になります。不安定きわまりない状態に置かれるということです。

ですから、最近では「1年契約・2回まで更新可」、つまり「3年雇止め」という雇用条件が殆どということになっています。稀に昨年から労働契約法改正に伴って「4年」という雇用期間が現われています。「3年雇止め」は労働基準法第14条の「労働契約の契約期間を3年以内.とすることができる」を根拠としています。しかも、ひどい場合は「日給月給制」、「勤勉手当・期末手当なし」、週30時間以内の勤務で「社会保険なし」というケースもあります。非常に問題ありと私が思うのは、20代、30代の若い職員のほとんどがこの雇用条件で採用されているということです。働かされているということです。しかも、「企画・制作」、「舞台技術」などという経験値や技術集積が求められる職種での「3年」の期間を定めた雇用なのです。ということは、相対的に正職員の高齢化は加速度的に進行して、10年後、20年後には、その館の運営を担うことのできる技術集積のある制作職員、技術職員は不在となってしまいます。若くて意欲もある才能を「使い捨て」にすることで、当該劇場音楽堂等が救いようもなく空洞化してしまうのです。「使い捨て」の職員に経費をかけて育成プログラムを用意するほど無駄なことはないでしょう。違いますか。

昨年12月に成立した「国家戦略特区域」によって無期転換権を発生させることなく有期雇用期間を10年に延長させる案が政府で検討されています。しかし、これも「高度な専門的知識等を有している者」で「比較的高収入を得ている者」に限定されます。労働基準法に準じれば、「高度な専門的知識等を有している者」は「博士課程修了者・修士課程修了者で実務2年以上」であり、「比較的高収入を得ている者」は、一定の学歴(大学卒で実務5年以上・短大か高專卒で実務6年以上・高卒で実務7年以上)で年収が575万円以上、ということになります。上記の条件は、労働基準法でも最長5年の契約期間が認められている者ですが、これに合致する者ならば、何も非正規で働く必要はないのではないでしょうか。

指定管理者制度の根拠となった改正地方自治法(第244条「公の施設」の改正)は、「小泉改革」の「官から民へ」や「民間活力の導入」という謳い文句によってなされた「カイカク」の目玉政策で、「民」が効率的・善で、「官」が非効率・悪、という構図で進められたものです。結果、劇場音楽堂等にも民間企業が多く参入していますが、なかには明らかに「ブラック企業」と思われる事業体がいくつも参入しています。そこでは酷い雇用環境と給与体系、危険を顧みない人員配置が日常的に行われています。事故が起きれば、当然設置自治体の責任が問われることになるのですが、それをどのように心得ているのでしょうか。

また、指定管理者制度には、サービスの多くの部分に人間が関与する劇場音楽堂等などと、機械化が可能な駐車場等とを、同じ土俵に上げてしまっているという「制度設計上の欠陥」もあります。指定管理者制度がもたらしている問題を根本的に変えるのだとするなら、私はここに着目するしかないと思っています。つまり、中川幾郎氏の言う「インスティテュート」と「ファシリティ」の区分を明確に線引きすることだと思います。そして、人間が関与するサービスによる施設については、1年契約であっても限定更新を原則廃することです。さらに欧州のように「同一労働・同一賃金制」を労働基準法で明文化することではないでしょうか。そうすることで、若くて意欲があり、才能もある人材を業界全体で受け入れる態勢が可能になるのではないでしょうか。

問題はただひとつ。いまのままを放置すれば、10年で劇場音楽堂等が空洞化し始めるということです。「劇場法」が施行され、何より優れた「大臣指針」が定められて、さあこれからという時に、私たちは「指定管理者制度」と表裏の「雇用環境」という大きく、厚い壁と対峙しなければならないのです。働く基盤となるべき雇用が不安定なのに、「人材育成」を声高に叫んでも「暖簾に腕押し」、「糠に釘」、徒労に終わるのではないでしょうか。「3年雇止め」の職員に育成プログラムを用意しようが、インターンシップの制度を設けようが、それは砂上に楼閣をつくる作業にも似て、一切が当該館の「無形資産」として蓄積しないのですから無駄になるのではないでしょうか。

だがしかし、「芸術の力」を心から信じるのなら、それによって「社会に変化をもたらす必要を本当に感じる」のなら、私たちはどのような「壁」にでも立ち向かっていくべきである、と信じてやみません。いまほど文化芸術の健全なコミュニティ形成力や癒しの効用や新しい価値の創出が求められている時代はなかったと言えます。かつて、いまほど格差が拡大して切迫した時代はなかったと思っています。「命を懸ける」に値する、とさえ私はいま思っています。劇場音楽堂等の空洞化だけは絶対に阻止しなければならない。それには役所から派遣されている職員がまずは自覚して、役所とのパイプとなって自治体幹部職員に日々刻々と劇場音楽堂等が「ハコモノ」に堕していく事態を伝えなければならないと、私は思っています。機能していた劇場音楽堂等が10年後にただの「ハコモノ」になって良いのだろうか。私たちはいま、明快な決断しなければならない岐路に立っていることを激しく自覚しなければなりません。