第141回 「大臣指針」を概観する ― 従来の枠組みをブレークスルーした画期的な踏み込み。
2012年12月1日
可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生
11月21日、「劇場音楽堂等の活性化に関する法律」(6月27日施行)の第16条に基づいた「大臣指針(案)」が、8月17日から24日にかけて文化庁内で行われた29団体へのヒヤリングを経て発表されました。ただちにパブリックコメントが募集されて、年内か遅くとも年明けには成案が出されるのではないでしょうか。一読しての感想としては、劇場ホールの現場に寄り添った問題意識に貫かれており、「実演芸術家の利害」に寄っている法律本体よりもはるかに練り上げられ、目配りの利いた内容になっていることでした。今回の「大臣指針」は、正式には「劇場音楽堂等の事業の活性化のための取組に関する指針(案)」とされて、文部科学大臣による告示として法と同等の規範性を有するものと位置づけられると理解してよいでしよう。つまり、本法と同等の規範性を持った実効性のある「指針」と考えられます。その意味で、私の見解としては、6月に成立した法律は「前文」と「本文」のあいだに著しい「温度差」があり、またそのあいだに理念の一貫性が欠けているとの不満がありましたが、それが今回の「大臣指針」では整理されて、一本筋が通って目配りの行き届いた内容となっています。大いに歓迎したいと思います。
6月に施行された法律本体では、劇場音楽堂等が「実演芸術の水準の向上と振興」のための「装置」という位置づけで、劇場音楽堂等に関する法律であるにもかかわらず「実演芸術の水準の向上と振興」が主となっていて「本末転倒」ではないかという印象を強く受けました。本来、劇場音楽堂等は「実演芸術の水準の向上と振興」のために存在するのではなく、法律の「前文」にあるように「人々が集い、人々に感動と希望をもたらし、人々の創造性を育み、人々が共に生きる絆を形成するための地域の文化拠点」であり、「個人の年齢若しくは性別又は個人を取り巻く社会的状況等にかかわりなく、全ての国民が、潤いと誇りを感じることのできる心豊かな生活を実現するための場として機能しなくてはならない」のであって、決して「実演芸術の水準の向上と振興」を第一義的な目的として存在しているのではありません。この本末転倒の発想には、実演芸術サイドの傲慢さと起草者の認識の浅さを感じます。
「実演芸術の水準の向上と振興」の恩恵を受ける人間は極めて限定的です。多くの劇場音楽堂等、言い換えれば「公立」文化施設としての劇場音楽堂等は、すべての国民市民の福祉的な生活の実現を担保する施設です。そうでなければ、すべての国民市民から強制的に徴収した税金で設置し、運営しているという存立基盤が揺らいでしまいます。実演芸術家とその愛好者が階級的特権で独占的に受益する施設では断じてないはずです。法律の「前文」にあり、「大臣指針」にもある「劇場音楽堂等は、国民の生活においていわば公共財ともいうべき存在である」という文言は、そのような存立基盤に依っている施設の社会的・公共的機能を指しているのです。結果として「実演芸術の水準の向上と振興」が起こることはあり得ますが、それが第一義的な設置目的では断じてありません。このあたりは、実演芸術家の利害代表団体である芸団協のロビー活動に強い影響を受けたのだろうと思っています。
今回の「大臣指針」では、建設先行で経営が疎かになっている現状に反省の意味を込めて
「我が国の劇場、音楽堂等については、これまで主に、施設の整備が先行して進められてきたが、今後は、そこにおいて行われる実演芸術に関する活動や、劇場、音楽堂等の事業を行うために必要な人材の養成等を強化していく必要がある」と法律制定の目的と意義を記し、「設置者」(地方公共団体)と「運営者」(指定管理者)という文言を使用して、それぞれの責務や義務履行を求めています。これも画期的です。
たとえば、「第2.設置者又は運営者の取組に関する事項」の2.の(2)では、「設置者は、その設置する劇場、音楽堂等の事業について、適切な評価基準を設定し、毎年の利用状況等の短期的な視点のみならず実演芸術の水準の向上や地域の活性化への貢献などの長期的な視点も踏まえた評価を適切に実施するよう努めるものとする」とあり、「評価の実施に当たっては、設置者は、利用者等の視点に配慮するとともに、定量的指標のみでは測り得ない実演芸術の定性的側面に十分に留意する必要がある」として、稼働率や利用者数などの短期的な定数的評価に加えて、それでは見えない、というより定数的評価によってむしろ見えにくくなってしまう傾向のある定性的評価を、設置者たる地方公共団体等は充分に勘案して評価をするようにと念を押しています。計数的に出された数値のみで誤った政策判断をしがちな行政や議会の傾向をここで戒めていると言ってよいでしょう。
この考え方は、第2.の10.の「指定管理者制度の運用に関する事項」にも貫かれており、「[1]劇場、音楽堂等の機能を十分発揮するため、質の高い劇場、音楽堂等の事業を実施することができる専門的な知識及び技術を有する指定管理者を選定すること。このため、指定管理者を公募により選定する場合には、適切な者を選定できるよう、選考基準や選考方法を十分に工夫すること」とあり、引き続いて「[2] 優れた実演芸術の公演等の制作、有能な専門的人材の養成・確保等には一定期間を要するという劇場、音楽堂等の特性を踏まえ、適切な指定管理期間を定めること」と、指定管理料の多寡のみで管理者を選定してしまう「設置者」の傾向に釘を指し、さらに後段では「有能な専門的人材の養成」は時間がかかることであり、それを勘案しないで指定管理期間を圧縮するようなことを避けるべきと指針は方向づけをしています。
この人材育成に関しては、文化庁はかなりの危機感を持っている様子で、その課題に対して
3.に「専門的人材の養成・確保及び職員の資質の向上に関する事項」を設けて、かなり微細に「設置者」と「運営者」への義務づけと責務を定めています。また、5.の[2]にあるように、「近隣に所在する機関同士の連携・協力にとどまらず、所在する地域にかかわらず目指す方向性の一致する機関との間でも連携・協力を行うこと。この場合において、特定の事業の領域において高い実績を有する劇場、音楽堂等にあっては、当該事業の領域における専門的知見を他の劇場、音楽堂等及び実演芸術団体等に積極的に提供するなど、広域的に支援を行う役割を果たすことが望まれる」と行政区域を越えての経験交流、技術供与、専門的助言等の継続的交流・連携・支援を促しています。
従来の域内もしくは近隣地域にとどまっていた連携・派遣・支援や、「優れた劇場音楽堂からの創造発信事業」の重点支援館と地域の中核施設館のあいだの人材交流・派遣の枠をさらに大きくブレークスルーするようにと「指針」では踏み込んでいます。域内にとどまらずに「オール・ジャパン」で劇場音楽堂等のポテンシャルを引き出せるように人材の専門的技術を向上させて現状を進捗させるように、という発想の転換を促しています。
たとえば、「[1] その設置又は運営する劇場、音楽堂等の設置目的を実現し、運営方針を踏まえた劇場、音楽堂等の事業を実施するために必要な専門的人材が配置されている施設にあっては、指導者の派遣、研究会の開催等により、自らの専門的知見を広く他の劇場、音楽堂等及び実演芸術団体等に提供すること。[2] [1]以外の劇場、音楽堂等にあっては、必要な専門的人材が配置されている劇場、音楽堂等との継続的な連携・協力関係を構築することにより、専門的助言を得られる体制を確保すること」と技術提携、経験交流を従来の枠組みを超えて活性化することで運営に必要な専門的な人材を全体的に底上げする必要性を説いています。現在確実に進行してしまっている、活発に活動をする館とノウハウと経験値の不足で低迷する館との「二極化」を回避しようとしています。専門的人材や経験値欠如の解消に一気に舵を切ったという印象です。
また、(2)においては「設置者又は運営者は、その設置又は運営する劇場、音楽堂等の設置目的及び運営方針を踏まえ、当該劇場、音楽堂等の事業の実施に求められる専門的人材の範囲の特定、確保の方法、職制等を明確にし、専門的人材を配置するとともに、各自の能力を十分に発揮し得る職場環境を確保するよう努めるものとする」と、ヒューマンリソース・マネジメントにも言及しています。「各自の能力を十分に発揮し得る職場環境を確保する」というのは、職員各人の「強み」に着目して、それを十二分に発揮できるヒューマンリソース・マネジメントをして、避けようなく誰もが持っている「弱み」を無意味にすることで、「やりがい」のある職場環境を作ることを努力目標としています。
「やりがい」とは、国民市民に「必要とされている実感」であり「役に立っているという実感」です。ヒューマンリソース・マネジメントとは、「やる気」を奮い立たせるということではなく、「やりがい」を感じて仕事をする環境を整備するということです。この両者は大きな違いです。「やる気を奮い立たせる」のはアメとムチのモチベーションづくりであり、それは「LABOUR」であり、仕事の奴隷になる「労働」です。社会学者のダニエル・ピンクはこれを「モチベーション2.0」と言っています。近年流行った「成果主義」はこの「アメとムチ」のモチベーション形成に頼ったものです。しかし、それでは個の利益尊重と利己主義がはびこってしまい、組織と社会への貢献という意識が薄れてしまいます。そこで幅を利かすのは、成果を求めるあまりに失敗を恐れる組織風土です。しかし、文化芸術機関では「MISSON」にそって働くことが求められ、「やりがい」と「使命感」の中で仕事をすることが求められます。失敗は挑戦の結果であり、次の仕事への学習の機会です。「各自の能力を十分に発揮し得る職場環境」とは、そのようなヒューマンリソース・マネジメントをするということです。ダニエル・ピンクの言うところの「モチベーション3.0」による職場環境をつくるようにという指導です。
(2)の[1]には「必要な専門的人材が配置されている施設にあっては、より質の高い事業を継続的に実施する観点から、年齢構成に配慮しつつ、分野ごとに必要な専門的人材を適正に配置すること」とあります。ここでより重要なのは「年齢構成に配慮しつつ、分野ごとに必要な専門的人材を適正に配置する」という件です。日本の公立劇場やホールのヒューマンリソース・マネジメントにおいて、あまり顕在化してはいないがすこぶる深刻な問題に、正規・非正規の雇用形態が技術や人脈の継承を阻害しているという現実があります。健全に見えて、しかも日本の劇場シーンをリードしているかのように存在している劇場音楽堂等でも、この病巣は「時限爆弾」のように組織の奥底に眠っています。したがって、少なくとも10年後には事業に必要な専門的能力を持つ職員が途絶えてしまう、という危機を現在の劇場ホールは内包しています。「[2] 優れた実演芸術の公演等の制作、有能な専門的人材の養成・確保等に一定期間を要するという劇場、音楽堂等の特性を踏まえ、適切な指定管理期間を定めること」は、「10.指定管理者制度の運用に関する事項」にある文言ですが、指定管理者制度が専門的な人材と技術の集積を阻害しているとの認識と危機意識が文化庁にはあるのだろうと推察できます。
たとえば、開館当初にプロパー職員として採用された専門職が現在40歳代から50歳代になり、その職員の技術と人脈(関係資本)の継承の受け皿となるべき30歳代以下職員が、個人業務委託、嘱託契約、有期契約、アルバイト、パートタイマーなどの雇用形態となっているケースが昨今非常に多く見られます。年齢の高い層の充実に対して30歳代以下の職員の雇用関係が非正規であり、全体として技術や経験の集積がなされない不安定な「逆三角形の組織」となっているのです。将来に向けての継続性を見通せない事態になっているのです。つまり、キャリア形成を雇用形態が阻害しているのです。むろんその背景には設置者である地方公共団体の雇用と人件費率に対する強い意向が働いています。現在では自治体職員のおよそ半数が非正規雇用であると言われています。それでも齟齬なく遂行できるのが自治体業務であるので、劇場ホールのようにキャリアの蓄積が健全な経営の継続に必須である業態に対しての理解が不足しているのです。むろん、そこには指定管理者制度の影響も強く働いています。指定管理者制度が「雇用問題」であり、したがってキャリア集積を阻害して人材の空洞化を生む、ということは自治法改正後の2004年の全国公文協アートマネジメント研修会で私が指摘したことでした。
「年齢構成に配慮しつつ、分野ごとに必要な専門的人材を適正に配置する」というのは、劇場ホールの健全経営の継続性を担保するための「投資」なのです。この事業経営や劇場経営の継続性が断たれると、最終受益者である国民市民の福祉に重大な欠損が生じることを設置者である自治体は知らなければなりません。現に、びわ湖ホール、石川県立音楽堂、世田谷パブリックシアターなど、日本の有数の劇場ホールがこの危機に曝されています。これはほとんど知られていませんが、組織内部ではかなり深刻な問題と捉えられています。アーラのように設立年数の若い施設は、40歳代の中間層が薄く、職員年齢分布が二層化しています。これらは、事業経営の遂行とその「継続性の空洞化」への危機です。「年齢構成に配慮しつつ」のくだりを読むと、その深刻な事態を文化庁は把握しているのではないかと思われます。
「大臣指針」の「前文」では、劇場音楽堂等は「社会参加の機会をひらく社会包摂の機能を有する基盤として、常に活力ある社会を構築するための大きな役割を担っている」と定義づけています。ここに劇場音楽堂等の「社会包摂の機能」という文言が書き込まれたことはきわめて画期的と言えます。すでに昨年2月8日に閣議決定された「第三次基本方針」に「社会包摂機能」という文言が歴史的な意義を持って現われていますが、今回の「大臣指針」にこの文言が使われたということは、従来は社会化されていなかった劇場音楽堂等の使命と存在理由の転換点を明確に指し示したという点で、文化行政史上まことに画期的な出来事と言えます。
さらにその文言を受けて、4.の「普及啓発の実施に関する事項」の(1)の[2]で「教育機関、福祉施設、医療機関等の関係機関と連携・協力しつつ、年齢や障害の有無等にかかわらず利用者等の社会参加の機会を拡充する観点からの様々な取組を進めること」と踏み込んでいます。連携する機関については、90年代半ば以降は一般的には教育機関(学校)のみでしたが、2001年の「文化芸術振興基本法」第32条の「関係機関等の連携等」には「学校,文化施設,社会教育施設,福祉施設,医療機関等と協力して」という文言が見えます。しかし福祉施設へのアウトリーチが一般化するのは2010年前後に(財)地域創造の発行物のなかに現われるのが嚆矢ではないでしょうか。それが今回の「大臣指針」では、「教育機関、福祉施設、医療機関等の関係機関と連携・協力しつつ」と医療機関をも対象にして、その目的として「年齢や障害の有無等にかかわらず利用者等の社会参加の機会を拡充する観点からの様々な取組を進める」と社会包摂の理念の具体的機能にまで言及しています。まさに画期的であり、歴史的であり、劇場音楽堂が社会機関として機能することを今後のデザインと考えている証左と言えます。
私が90年代半ばに上梓した『芸術文化行政と地域社会』では、憲法十三条を根拠とした「福祉権的文化権」を、そして行政が独占している「公共」に対して市民的な「もうひとつの公共」を、さらに、それらとあわせて「教育機関、福祉機関、保健医療機関」と連携する「レジデントシアター構想」を立ち上げています。ここに「保健医療機関」があるのは、阪神淡路大震災の折に私が受けた実感からでした。急性ストレス障害や心的障害後ストレス症候群(PTSD)などの精神的症状のケアに文化芸術的な手法が有効と確信して神戸シアターワークスという団体を結成して神戸で活動したことが発想の原点になっています。昨年の東日本大震災でも、実際に効果ある活動が盛んに行われたとは言い難いのですが、「心のケア」に文化芸術的なアプローチが有効という認識は阪神淡路大震災の頃とは比べものにならないくらい高まりました。そのための拠点施設のひとつが劇場音楽堂等であると、私は確信を持って言い切れます。「保健」が抜けて「医療機関」のみになったのには忸怩たるものはありますが、それでも、アメリカの劇作家ライルケスラーが精神治療を必要とする入院患者に行っているイマジネーション・ワークショップのように、あるいは長期入院の子どもたちや終末期医療で入院している患者などに文化芸術を援用して「心のケア」をすることは今すぐにでも出来ることですし、また今後は積極的にやらなければならないことです。
4.の「普及啓発の実施に関する事項」の(2)の[1]には、「地方公共団体その他の学校の設置者、教育機関及び実演芸術団体等との間に意見交換等の場を設けるなどして、地域全体で児童生徒等を対象とした質の高い実演芸術に触れる機会を充実する取組を行うこと」とあります。アウトリーチを行っている劇場音楽堂等の担当者なら誰でも感じていることですが、学校に入っていくには教育委員会の壁があり、その壁はとても高く、また非常に厚いのです。教育機関との連携を推し進めようと思っても、教育委員会の壁に撥ね退けられるケースが非常に多いのです。「地方公共団体その他の学校の設置者、教育機関及び実演芸術団体等との間に意見交換等の場を設ける」としたことは、今後のアウトリーチ活動の展開にとって好材料となります。
5.の「関係機関との連携・協力に関する事項」の[2]に「当該事業の領域における専門的知見を他の劇場、音楽堂等及び実演芸術団体等に積極的に提供するなど、広域的に支援を行う役割を果たすことが望まれる」とし、[3]に「より質の高い実演芸術の公演を効率的に制作する観点から、他の劇場、音楽堂等及び実演芸術団体等と連携・協力し、共同制作、巡回公演、技術提供等を行うこと」と広域的な取り組みをすることを促し、及び6.の「国際交流に関する事項」で「[1] その設置又は運営する劇場、音楽堂等の所在する地域に居住する外国人、訪日外国人旅行者等との交流を図る取組を行うこと。[2] 必要に応じ、海外の劇場、音楽堂等又は実演芸術団体等と連携・協力し、人的交流や情報交換を行うほか、一定期間地域に滞在し創造活動を行う芸術家の受入等を行うこと。[3] 必要に応じ、海外の劇場、音楽堂等又は実演芸術団体等と連携・協力して、海外公演の実施、国内への公演の招致、国際共同制作等を行うこと」としたのは、従来はどうしても行政区域内に事業の発想と展開がとどまりがちで、内向きになりがちになる自治体立の劇場音楽堂等に、パースペクティブに富んだ事業展開を企図するようにここで強く促していると言えます。
地域格差については法律本体でも言及されていましたが、「大臣指針」でも「実演芸術に関する活動を行う団体の活動拠点が大都市圏に集中しており、地方においては、多彩な実演芸術に触れる機会が相対的に少ない状況が固定化している現状も改善していかなければならない」と「前文」で重ねて強調しています。さらに「第3.国、地方公共団体の取組等に関する事項」の「1.国の取組に関する事項」にも「[7] 国民がその居住する地域にかかわらず等しく、実演芸術を鑑賞し、これに参加し、又はこれを創造することができるよう、2.[4]に基づき地方公共団体が講ずる施策、民間事業者が行う劇場、音楽堂等の事業及び実演芸術団体等が劇場、音楽堂等において行う実演芸術に関する活動への支援その他の必要な施策を講ずること」と「大臣指針」の本体でも再々度にわたって強調しています。
9月に公表された来年度概算要求(30億300万円)では、この文言を根拠とする「劇場音楽堂等間ネットワーク構築支援事業」が挙げられています。これは2007年度から3ヶ年間だけ設けられて、その後廃止された「舞台芸術の魅力発見事業」の類似事業で、巡回公演における旅費交通費及び運搬費を10分の10で全額補てんする補助事業です。「舞台芸術の魅力発見事業」ではこれに加えて日当も補助されましたが、今回の「劇場音楽堂等間ネットワーク構築支援事業」ではそれは省かれています。ただ、この補助事業が予定通りに来年度から実施されれば、中小ホール、とりわけ北海道や九州・沖縄、島嶼部等の遠隔地の施設には光明であり、福音となります。
ただ、現時点では財務省が首を縦に振っていないようです。「全額補助」という点が財務省の意向にそぐわない様子です。ただ、地域格差を解消して均衡ある発展の施策を展開することが国家の国家たる役割である以上、これは国家として果たすべき責務であると思います。この事業の補助率を、上演料を含めての総額から入場料収入を引いた額の3分の2補助や2分の1補助という風に従来の補助の仕組みを踏襲すれば財務省は納得するのでしょうが、それでは遠隔地は傾斜的に負担が増加してしまいます。また、国が負担する補助金額が大きくなることは必至です。つまり財務省は「全額補助」では面子が立たないというだけではないでしょうか。従来の補助制度を踏襲すると、補助総額は大きくなるはずです。そのうえ仮に財務省の考えるような従来型の補助制度になれば、到底「地域格差」の解消にはなりません。遠隔地であっても大都市圏の近隣地域と同等の負担で事業が実施できてこその「地域格差」の解消ではないでしょうか。「面子」に拘らなければ、まことに簡単な理屈だと思うのですが、どうでしょうか。
8.の「経営の安定化に関する事項」には、「(1) 設置者又は運営者は、その設置又は運営する劇場、音楽堂等の事業の実施に当たって、国民又は住民の実演芸術に対する関心を高め、利用者の拡大を図るための工夫を行うよう努めるものとする」とあり、その[1]に「利用者等のニーズや評価等に関する調査研究の成果を、その設置又は運営する劇場、音楽堂等の事業の実施に適切に活用すること」と顧客調査を実施してそのデータをベースにした科学的なマーケティングを展開するように促しています。従来は「勘」や「職員の労力」に頼って行っていたセリング(チケットを売る行為)を、ここでは「売れる環境づくり=ブランディング」を調査データ等の活用で科学的に展開するように方向づけています。
その方向づけの現われが「[2] その設置又は運営する劇場、音楽堂等の事業及びその社会的意義について積極的に広報等を行うことにより、国民又は住民の実演芸術に関する理解の増進及び当該劇場、音楽堂等の事業についての支持の拡大に努めること」の件です。「支持の拡大」とは、必ずしも鑑賞者開発ではありません。まさしく「支持の拡大」、つまりブランディングです。「私的な欲望充足」のための施設から、「社会的必要」の掘り起こしと、それへの対処によって社会的必要性の合意を得たブランド力(社会的信頼)を得るように努めるとの方向が示されています。また、「[4] 観光、社会福祉等の分野の機関との連携・協力を図り、より多様で効果的な劇場、音楽堂等の活用を図ること」と、「前文」にある劇場音楽堂等の公共財化へと向かうようにここで改めて念押しをしていると私は受け取りました。
現在、80年代から90年代にかけて建設された劇場音楽堂等が大幅な改修期となっていながら、その大きな負担となる費用を前にして躊躇している館が多く見受けられます。それに対しても「9.安全管理等に関する事項」の(1)で「設置者又は運営者は、その設置又は運営する劇場、音楽堂等が安全かつ快適な施設として維持管理されるよう、施設及び設備の定期的な保守点検等を適切に行うよう努めるものとする」とし、さらには「特に、経年劣化した施設及び設備の改修等については、設置者において計画を立てるとともに、設置者と運営者との間で、それぞれの責任を明確にし、適切な分担を図るよう努めるものとする」としています。建物や設備の経年劣化は安全管理のうえで非常に重大な問題であり、昨今の自治体の財政危機で、多くの施設で大規模改修は手をつけられないままでいるのが常態となっています。この「指針」によって即応できるかどうかは別にして、その対処法が「指針」に書き込まれたことは今後の改修対策上の意味では小さくないでしょう。
文化行政は、憲法第十三条の「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政上で、最大の尊重を必要とする」に依拠した施策分野と言えます。「幸福追求権」、「自己実現の権利」の具体的な施策のひとつが文化政策であり、広義の福祉政策と言えます。その憲法第十三条に依っているのが、社会機関としての劇場音楽堂等を方向づけている今回の「大臣指針」であると私は評価しています。その意味では、「大臣指針」が指し示している劇場音楽堂等の社会的機能は、劇場音楽堂等が国民市民個々の「幸福追求権」と「自己実現の権利」のための拠点施設であると位置づけていると言っても良いでしょう。したがって、劇場音楽堂等は「積極的福祉政策」の拠点施設であるとの方向づけの第一歩が今回の「大臣指針」なされたと私は感じています。
「大臣指針」のすべての文言に触れることは出来ませんでしたが、その精神のあらましは網羅できたつもりです。12月21日までパブリックコメントは募集されています。一通でも多くの意見が寄せられることを願っています。パブリックコメントは状況を少しでも前進させる役割を果たしてくれます。本法である「劇場音楽堂等の活性化に関する法律」の「前文」は、多くの公立劇場ホール関係者から寄せられたパブリックコメントが折り込まれていたと評価しています。是非とも、多くのコメントを寄せていただけるように願っています。
宛先は下記の通りです。
(1)提出手段 郵送・FAX・電子メール
※電話による意見の受付は致しかねますので、御了承ください
(2)提出期限平成24年12月21日必着
(3)宛先
住所:〒100?8959 東京都千代田区霞ヶ関3?2?2
文化庁文化部芸術文化課企画調査係宛
FAX番号:03?6734?3814
電子メールアドレス:geibun@bunka.go.jp
※判別のため、件名は【劇場、音楽堂等の事業の活性化のための取組に関する指針
案への意見】として下さい。