第9回 マーケティング・トライアルの成果は着実に来年度へ向けて。
2007年10月26日
可児市 文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生
来年度の全面導入に向けてインターネットによるチケッティングを緒形拳の一人芝居『白野』(11月22日公演)で試験的に導入している。9月27日の発売初日で52枚が売れ、今日現在(9月30日)、発売四日目で105枚に達している。ボックスオフィスの1/3の売り上げである。名古屋圏へのアプローチは10月中旬以降なので、まずは好発進である。
就任早々に来年度からの導入を提言したが、可児市のインターネット環境どの程度進捗しているのかと疑問を呈する向きもあった。可児市はCATV、光ファイバーも整備されており、ブロードバンドの世帯普及率も全国平均には及ばないものの30.6%と前回調査から1ポイント伸びており、チケット販売の可能性のある東海三県の数値は全国平均を2.3ポイント上回っている。インターネット普及率は42.9%と決して低いとはいえない。
今回のトライアルでも、可児市民によるネットチケットの売り上げが六割という数字である。周辺市町村を入れるとおよそ九割にもなる。可児市をはじめとする劇場周辺のネット環境もまんざら捨てたものではないということだ。分析してみないとわからないが、サンフランシスコ・オペラの事例ではインターネット・チケットを導入するとまったく新しい顧客が劇場にアクセスしてきたという。それまで劇場と縁がなかったのは上演演目に問題があるというより、情報やチケットの入手ルート、昼夜を分かたないライフスタイルの変化にマッチした劇場へのアクセス手段に偏りがあったということなのだ。新しいお客さまとの新しい出会いがあればこの上ない喜びだ。大いに期待しているところである。
就任早々に導入した二種類のパッケージチケットはパックされた舞台を毎回同じ席で鑑賞できるものだ。「TOP SELLECTION チケット」と「演劇まるかじりチケット」はそれぞれ85セット、94セットが売れた。「TOP SELLECTION チケット」は、山下洋輔トリオのオリジナルドラマーで可児市在住の森山威男プロジュースによる『森山威男Jazz Night』とこまつ座の『円生と志ん生』、ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団の『ニューイヤー・コンサート』がパックされて17000円 →13000円、「演劇まるかじりチケット」は、地人会『この子たちの夏』、金沢市民芸術村文学座バージョン『お~い幾多郎』、こまつ座『円生と志ん生』、加藤健一事務所『コミック・ポテンシャル』がパックされて13500円→10000円と24%から26%ていどのバーゲニングはされているが、各公演の基数客をつかめて、さらに観客数の増加で鑑賞環境が良化されれば価格のバーゲニング部分を取り戻すばかりか、充分にお釣りが来る勘定になる。鑑賞環境を整えることも、またアーツマーケティングの重要な役割であることを忘れてはならない。
企業メセナ促進モデル事業として始めた、パッケージ・チケットを地元企業が子ども達にプレゼントする「私のあしながおじさん」プロジェクトには、50人の高校生からの応募があり、地元企業のカヤバ工業(KYB)と東濃信用金庫の二社の協力を得て、抽選で15パックを子ども達に届けることができた。青少年の健全育成のための環境形成に地元企業が貢献する仲介役を劇場が果たせればという思いがかたちになった。良質の芸術を観て、聴いてもらうことで彼らの成長に何らかの関わりがもてれば地域劇場の役割の一端を果たせたことになる。
来年度はグループ買いを促進する「ビックコミュニケーション・チケット」を始めることにしている。観たもの、聴いたものを共有する体験としてコミュニケーションをすることもまた、劇場体験の楽しみの一つである。そのような環境をお客様に提供する、あるいは提案することもアーツ・マーケティングの仕事である。
フランスのコメディ・フランセーズの顧客分析をした文化コミュニケーション省によれば、一人で観劇するのはたった16%に過ぎない。日本でも類似した調査をフジテレビ営業局がしているが、それによると一人での趣味活動は28.8%、二人では47.1%、三人以上は24.1%と報告されている。四枚目からすべてのチケットが5%OFFとなり、一枚増えるごとに5%ずつバーゲニング幅が大きくなっていくように価格設計をする。8人でのグループ買いでパッケージチケットとほぼ同等の割引率に並び、10人で35%OFFとなり、その割引率を最大値とする。一年中同じ席で鑑賞できるパッケージチケットの割引率を選ぶか、自分たちの好みに合わせてどのステージにするかを自由に選択し、鑑賞する席も選ぶか、それは顧客の社会環境や家族環境、嗜好による。その自由度を担保する選択肢を提案できるチケッティング・システムでなければならない。それでなければ顧客志向のサービス提供とは到底いえないだろう。
そのほかには、パッケージチケットに自分の好みの公演を買い足せる「プラス+プラス・チケット」、自分の好みの公演をパッケージできる「バイキング・バイ (倍々)チケット」も導入しようと考えている。ともかくも、チケットの多様な入手方法、ライフスタイルの多様性に対応する配券のためのシステム設計、それらは顧客が自分でサービスの質も量も入手経路も選択できる「自由」という「もうひとつのサービス」を提供していることになる。21世紀の顧客は、企業や団体からゲットされるのではなく、自分の手でサービスや商品をゲットするプロシューマーとしての消費者なのである。
また、ライフスタイルを提案するのが劇場の役割のひとつと考えるので、二枚目のチケットにランチかディナーのパスとメッセージの書けるスペースのある「ラブレターチケット」も計画している。むろん恋人同士でも、新婚夫婦でも、あるいは告白をする機会にこのチケットを購入しても良いのだが、主たるターゲットは中年以上の、あるいはリタイア世代のご夫婦である。彼らは従来の熟年夫婦像とは違って挑戦的であり、新しい出会いに対して意欲的でもある。劇場という新しい環境に身をおいて新しい自分たちを発見する機会の提供である。
来年度に予定している、東京演劇集団風の『肝っ玉おっ母とその子供たち』の西日本ツアーの舞台稽古に私どもの小劇場を使ってもらうが、その最終日に公開舞台稽古があり、それを子供たちに500円で観てもらおうと考えている。その日がちょうど母の日にあたるので、母親を連れてきた場合は母親がチケット代わりになり、そのうえカーネーションをプレゼントする、という企画を考えている。あらゆる機会をとらえて、可児市文化創造センターを「人々の様々な思い出が詰まっている人間の家」にするために私たちは仕事をするのである。
レストランとの提携プロジェクトは今年度から試行している。1月7日に開催するウィーン・フォルクス・オーパーの『ニューイヤー・コンサート』の前にビュッフェ形式で食事をする演奏付きの「ビフォーディナー・チケット」を販売したところ限定90席のところ84席がすでに売れている。現在のチケット販売数が629枚だから、7.5人に1人がビフォーディナーを楽しむことになる。12月15日に行われる加藤健一事務所の『コミックポテンシャル』では、アーラ・シネマコレクションの11月9日の回で上映される松坂慶子、加藤健一主演、山田洋次監督の『椿姫』に来場して『コミックポテンシャル』のチケットを購入した方にレストランのお食事券(1050円分)をプレゼントする。シアター。ウェディング、シアター・パーティでの連携も、第二回目の館長エッセイに書いた、劇場を「芸術の殿堂」ではなく、「人々の様々な思い出が詰まっている人間の家」に、の具体化のひとつで、これまでアーラに足を踏み入れていない市民にアクセスポイントを提供するためである。
また、4200人在住するブラジル人と1600人住んでいるフィリピン人向けにポルトガル語と英語のチラシと広報紙を配布する。無視できないマーケットであるし、グループ買いの期待できるコミュニティであることは確かである。また、可児市民と外国人との交流の場として劇場が果たす役割は小さくないはずだ。
アーツという環境では、国籍の違い、性差の違い、世代の違い、障害のあるなし、個人的な成長環境の違いを「豊かさ」に転換する化学反応が起きる。私が信じるのは芸術のそういう力である。ただ、私が信じているだけでは何も始まらない。私が感じているその「化学反応」の不思議を体験をお客様に共有していただくために、私たちは顧客環境の変化を柔軟な姿勢で受け入れ、時代のマッチしたさまざまな提案を試みていかなければならないと考えている。