第76回 「オーケストラで踊ろう!」は共生社会へのメッセージ。

2010年3月4日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

三年前のちょうどいま頃のことです。私のプランする事業となる「再来年度事業」のことを考えていました。200人規模の市民参加事業は絶対にやらなければならないと考え、時間的な余裕がないこともあって一年目は島根県で十数年製作し続けている『あいと地球と競売人』をお借りして上演することになりました。そのときに合わせて考えていたことがあります。二年目に何をやるか、でした。

人間は、当然のことですが、一人ひとりみな違っています。それが人間の「豊かさ」であり、素敵なところでもあるわけです。ところが、その「違い」が「いじめ」や「差別」になっているのが昨今の社会の様子です。私たち人間は、確かに科学技術の発展の恩恵を受けて経済的に豊かになり、便利にもなり、それを当然のことのように享受してきましたが、そのかわりに何か大切なものを置き忘れてきてしまったのではないだろうか、と思っていました。それを取り戻すためにコミュニケーションを必須とする、そして「違い」が創造的である証しとなる文化芸術を、回復のためのツールとする「仮説」を立てようと思いました。

それには個性が伸び伸びと発揮できる分野のアーツが良い。高齢者も子供も、男性と女性の性差も、障害の有無も、外国人も日本人も、そして一人ひとりの個性も、皆が「違っている」ことが豊かな表現となるものが良い、と思いました。ならば、コンテンポラリー・ダンスがぴったりだと考えました。ダンスといっても、たとえば「バレイ・テクニック」という身体的な制度によって巧拙をはかることのできる分野ではなく、比較的に「個性」が重視されるコンテンポラリー・ダンスが絶対に良いと確信しました。大切なのは、その沢山の個性が「つながる」ことだと思いました。ですから、皆の動きが揃うことが到達点ではなく、皆の心が「つながる」ことが大事なのです。周囲の人たちがどういう風に動いているかに意識を持つことで、皆が「つながる」と私は考えました。

次に、音楽は何が良いか、と思案しました。そのときに、サイモン・ラトルがベルリン・フィルの首席指揮者に就任した時に行った250名の移民の子どもや貧しい経済状況の子どもたちとのダンス・プロジェクトをDVDで鑑賞しました。『ベルリン・フィルと子どもたち』というドキュメンタリー作品です。ベルリン映画祭のワールド・プレミアで大評判となった映画ですから、ご覧になっている方も多いと思います。サイモン・ラトルがバーミンガムシティ交響楽団からベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に招かれた直後に行ったプロジェクトを、インタビューを交えながら追いかけているメイキング・ドキュメンタリー映画です。ストラヴィンスキーのバレエの名曲『春の祭典』をバックに、多くの子どもたちが長い時間をかけて、時には投げ出しそうになりながらレッスンをして、ベルリン・フィルの本拠地であるベルリン・アリーナで上演するまでを追い掛けています。「そうだ、クラシックがいい」と直感しました。クラシックとコンテンポラリー・ダンスで時間と空間を超えてみたい、と思いました。出演者それぞれの「個性」が時空を超える飛翔が出来れば絶対におもしろくなる、と感じたのです。

さて、問題は誰の、何という曲にするかでした。クラシックの素養のあまりない私にとっては、これは難題でした。『春の祭典』はコンテンポラリー・ダンスになりやすいテーマをもった曲ですが、二番煎じはかなり癪のたねです。困り果てている時に可児交響楽団の定期演奏会で聴いたのがジャン・シベリウスの『交響曲第二番』でした。演奏の最初のあたりではそうは思わなかったのですが、次第にこの曲の持っている濃厚な「物語性」に引きずり込まれて行きました。曲を何にするかの難題の前で立ちすくんでいたせいで、シベリウスが私の中の何かと共鳴したのでしょう。「そうだ、これがあった」と気付かされました。シベリウスの中では『フィンランディア』とともに人気のあるポピュラーな曲だけに盲点でした。可児交響楽団の演奏を聴くうちに不意を突かれたように「このドラマツルギーはダンスになる」との考えが突き上げてきました。彼の祖国フィンランドはロシアの弾圧から立ち上がろうとしていました。その思いが、彼の曲想には色濃く反映しています。『フィンランディア』は愛国心を煽るとロシア当局から演奏禁止の弾圧を受けたほどです。『交響曲第二番』の第一楽章から祖国への遙かなる想いがほとばしり出て、第二楽章、第三楽章と重いテーマが続いたあとに第四楽章で解き放たれた想いを謳い上げる流れに、私は、「生きる」というとても難しい枷から解き放たれて、皆が「つながる」輝きの時を迎える「現代人の肖像」を思い浮かべました。「つながる」は、『オーケストラで踊ろう!』の重要なテーマであると同時に、「違い」が豊かさになる共生の社会への憧れを表現した言葉です。

舞台美術の構想が振付・演出の人選よりも先に来ました。シベリウスの『交響曲第二番』の曲想が、明らかに彼の祖国フィンランドの森と湖にあることから、和紙を使った現代アートの森妙子さんのアートを舞台を覆うように使っていろいろな色に染めて場所や時間を表現できると思いました。それから演出と振付にコミュニティ・ダンスを多く手がけているモノクローム・サーカスの坂本公成さんに依頼することにしたのです。坂本さんの推薦で、舞台美術にメルヘンのような幻想を紡ぎだす現代アートの井上信太さんを起用することも決めました。井上さんは多くの市民とのワークショップでとても不思議な空間を創ってくれました。可児と大垣の市民総勢150人、可児交響楽団50人、合計200人の、日本で初の大掛かりな、生演奏でのコミュニティ・ダンスです。

構想から三年、開幕が楽しみです。

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