第73回 予想を上回る観客数で終えた「岸田國士小品選」新国立劇場公演。
2010年2月1日
可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生
新国立劇場公演も、6回ともほぼ満席で終えることができました。正式な観客動員数のデータはまだ出ていませんが、いささか観にくいので札止めにしていたバルコニー席を4回も開放してお客さまに座っていただく盛況ぶりでした。正直なところ、『岸田國士小品選』が東京でこれほど受けるとは想像を超えていました。というのは、東京の演劇界は、昨今、億単位の大きな予算を費やしてタレントをキャスティングした大型公演が多く、一種バブリーな「活況」を呈しているのです。そんな中に、『岸田國士小品選』のような地味な企画を持ち込むのですから、苦戦は免れないかも知れないという事前の覚悟はありました。ただ、とは言っても、東京では到底企画できないものをやろう、というのが演出の西川氏との最初からの約束でしたから、苦戦は覚悟のうえでした。たとえ苦戦したとしても東京の演劇界への「地域からの提言」にはなると考えていました。
幕を開けて驚いたのは、20代前半とおぼしき若者の観客が非常に多かったことです。出演者のなかに若者とつながりのある人はおそらくいなかった(失礼!)ので、フリのお客さまなのだと思います。演劇を志していて戯曲賞の名称ともなっている「岸田國士」という作家名は聞いたことはあるが、観たことも読んだこともない、という若い演劇予備軍の若い人たちが関心を持ってチケットを買ってくれたのかも知れません。
東京・赤坂レッドシアターを経営している上谷忠氏が、『紙風船』と『葉桜』を観た後の休憩で「最近の小劇場演劇は底が浅い、こういう出し物をやりたい」と言っていました。岸田國士の戯曲の言葉は、本当によく練りあげられていて、いろいろな選択肢の中から選び抜かれた言葉であり、語尾だったりします。ですから、舞台上ではほとんど何も起こらないのに、観客の裡でいろいろなイメージが膨らむ大きく深い「余白」があるのです。そういう舞台は最近の東京ではあまり見られなくなっています。したがってこのような芝居はメインストリームではありません。だからこそ、この『岸田國士小品選』は可児でしか企画できなかった舞台なのです。演出の西川氏と私とで二年前に意思一致したのも、「可児でしか企画できないものをやろう」でした。東京の若い観客がその想いに共鳴してくれたのだとしたら、このうえない喜びです。
『岸田國士小品選』の「紙風船」、「葉桜」、「留守」は、今年の10月末から11月にかけて、長岡市、上越市、草津市、吹田市、下呂市と巡演します。いま東海テレビと話し合っていて、名古屋公演も実現するかもしれません。最近の主張の強い芝居しか知らない人たちに、こんなにも行間の豊かな、想像力をたくましくして楽しめる「これこそ演劇」という舞台があることを知ってもらいたいと思います。
アーラは年度明けから「きずな」をテーマに進化する経営を進めていきます。アーラコレクション・シリーズもそれに合わせて、第3回は今年の7月末から8月初旬にかけて岡部耕大作の『精霊流し』を馬淵晴子さん、芳本美代子さんの出演、花組芝居の加納幸和さんの演出で上演します。皆さんが可児に滞在して稽古をします。第4回も決まっています。清水邦夫さんが故宇野重吉さんに書き下ろした傑作戯曲『エレジー』を平幹二朗さん主演、西川信廣さんの演出で来年10月に上演します。ともに東京・吉祥寺シアターでの東京公演を予定しています。
すべてが観客の皆さんの想像力を刺激して、観劇の楽しみを十分に味わっていただける演目です。『向日葵の柩』、『岸田國士小品選』に負けない成果になると確信しています。また、この製作発信事業は、アーラの職員の成長過程でもあります。市民の皆様に、彼らの成長を見守っていただきたいと思っています。「劇場はそこで働く人間がすべて」なのです。日本を代表する地域劇場となるには、彼らの成長が必須なのです。