第19回 ありのままに楽しんで ― 新日本フィルがやってきた。
2008年5月21日
可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生
地域拠点契約を結んだ芸術団体のひとつ、新日本フィルハーモニー交響楽団のアウトリーチ・プログラムが始まりました。兼山小学校とふれあいの里可児に、今回は弦楽四重奏のメンバーが訪問しました。
「アウトリーチ」というのは、何らかの事情でアーラに来られない地域の人たちに、こちらから出かけていって演奏や朗読や演劇的なゲームなどをして芸術体験をしてもらう地域向けのプログラムのことです。
兼山小学校では体育館に集った全校生徒の拍手で迎えられました。子どもたちのマーチングバンドとの「宙船」の協奏から始まり、約一時間の演奏のなかで、スタジオ・ジブリの宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』や『ハウルの動く城』の音楽を「私たちのオーケストラが演奏している」と話しかけられた子どもたちから「ワーッ」という歓声が起こりました。むろんテーマ曲を演奏してくれました。楽団員のトークも会場をわかせました。子どもたちにとっては、いつも見慣れている体育館が突然に素晴らしいコンサートホールになった体験をしたのではないかと思います。
帰りの時間になって子どもたちは校舎の窓から顔をのぞかせて「また来てねー」と口々に新日本フィルのメンバーに声を掛けていました。私たちも楽しい時間を共有できました。
午後からは市役所の北側にある、ふれあいの里可児を訪ねました。作業場でのコンサートとなりました。始まる前から「キャーッ」と大きな声を上げている車椅子の方がいらっしゃいました。付き添いの職員さんはおとなしくさせようとしていましたが、それが「喜び」の表現なのでしょう。「喜んでくれているのですから、構いませんよ」と私は付き添いの方に伝えました。
午前中とは少し違ったプログラムで、最後には新日本フィルの弦楽四重奏の伴奏でSMAPの『世界に一つだけの花』をみんなで合唱しました。まるで指揮をするように腕を振る人、身体を左右に揺らしながらリズムを取る人、突然奇声をあげて喜びを表現するくだんの彼など、思い思いに音楽を楽しんでくれました。私のそばにはベットに横になったままの身体のご不自由な女性がいました。私は彼女の左手の指が音楽に合わせてかすかに動いているのを見逃しませんでした。「良かった、ここに来て、良かった」と心の底から思いました。
兼山小学校の子どもたちとふれあいの里可児の皆さんを見ていて、私たちは素直に楽しんだり、喜びを表したりすることが出来なくなっているのではないかと、気付かされました。私たちはクラシックは「行儀よく」聴くものと決めてかかっています。その意味では、私たちは「汚れてしまっている」のではないか、と気付かされました。新日本フィルのメンバーも、いろいろな楽しみ方を受け入れてくれました。「新日本フィルを選んでよかった」とも感じました。
こうして、可児の人々のすべてを視野に入れたサービスができれば、可児は東海地方の「文化首都」になれる、すべての可児市民がこころ豊かに日々の生活を送れることになる、可児に住んでいることを市民が誇りに思えるようになる、と帰りの車中で考えていました。