第七章 High-touch Marketingが「創客」を進める。
2011年7月16日
コミュニケーションは、話す方が主導するように思われがちだが、聞く方がその成立に大きく関与している。コミュニケーションは、双方向でありながらも、「共感」することで成立する人間関係の作法だからだ。マーケティングにも同様のことが言える。受け手が「共感」しないことにはマーケティングは成り立たない。
「情報」を無造作に投げ出しているチラシ
その原理を無視したチラシを最近は良く見かける。「情報」を無造作に投げ出しているようなチラシである。催し物がある、ということと、その日時、場所さえ伝わればよいような無機質なチラシである。むろん、チラシという媒体には限界性がある。どんなに素晴らしいチラシができたとしても、それに触れた人間の中で広告に注意を払うのは50パーセント以下、広告に触れた人間の中で見出しが何を訴えていたか思い出せるのは30パーセント、広告主の団体の名前を覚えているのは25パーセント、本文の広告文を読む人は10パーセント以下、と言われている。実質的な観客となるヒット率は、0.2%前後という。1000枚のチラシが劇場に招き入れるのは2人か、多くても3人ということだ。
チラシをコミュニケーション・ツールとして扱っているか
いささか絶望的な数字だが、それでもチラシには人間の「リマインダー機能」という、思い出させる能力を刺激して、「これは何だろう?」という疑問を生じさせ、より注意を傾けるという行動を起こさせる。この一連の受け手のプロセスを実現するには、リマインダーを刺激して印象に残るデザインは大事になってくるし、「何だろう?」という受け手の能動性に応える強いメッセージが大切になってくる。つまり、チラシを媒介としたコミュニケーションを、いかに絶望的な数字であろうと、仕組まなければ何も起こらない。仕組まれるのは受け手を「共感」へいざなうアップ・トゥ・デートなメッセージである。心に働きかける、受け手の身になって仕組まれたメッセージである。チラシをコミュニケーション・ツールと扱っているか、あるいはインフォメーション・ツールとして位置づけているかで、その団体のアーツマネジメントへの意識の濃淡がはっきりと窺える。
コミュニケーションとは、心が共鳴しあう状態を生み出すこと
アーツマーケティングにおいては、この「共感」がキーワードである。そして、「新しい価値」をともに生みだす「共創」も合わせてキーワードとなる。「共創」とは、互いに物語を編み出すことで「価値」を創り出す想像力と創造力に依拠した行為である。そうして行動に人を向かわせるには、激しく心を揺さぶらないまでも、たとえ微かにでも心を動かさなければならない。コミュニケーションとは、心が共鳴しあう状態を生み出すことに他ならない。心が共鳴する状態で行われる双方向のコミュニケーションで「共感」と「共創」が進行する関係づくりを、私はハイタッチ・マーケティングと呼んでいる。
「共感」と「共創」が進行する関係づくり
心が触れ合い、心が共鳴しあい、両者がともに新しい価値を通して関わり合うハイタッチ・マーケティングは、バズ・マーケティング(クチコミ)とともに、最強のマーケティング手法である。最強である理由は、技術や手法のようにルーティン化できない部分が非常に大きいからである。いわば資質としか言いようのない柔軟なコミュニケーション能力が求められるからだ。ドラッカーが曰く言い難いものとしてマネジメントの資質にあげた「真摯さ」とでも言う能力である。それだけに技法としてルーティン化するのが難しいマーケティング手法である。たとえチラシであっても、このハイタッチ・マーケティングの考え方が背景になければならないと私は思う。この際のチラシはコミュニケーション・ツールと位置づけられる。
すべてにおいて「人間の体温」を感じられるように
心と心が触れ合い、共鳴しあうマーケティングを経営理念のバックボーンとすれば、顧客との関係づくりの強力な推進力となることは疑いない。可児市文化創造センターalaでは、事業企画の段階から、チラシ、告知ビデオ、告知ボードの作成、公演当日の顧客ホスピタリティのすべてにおいて「人間の体温」を感じられるマーケティングを仕組んでいる。相手の身になってのコミュニケーションを心がけている。「顧客を集める」のではなく、「顧客が集まる」ための環境づくりに専心している。これは同じように思えるが、一方が「集客」であるのに対して「集まる環境」とは「創客」の作法である。
「どう観ていただけるか」
「創客」とは、アーラのブランドへの信頼とロイヤルティのある顧客を創造しつづける考え方であり、職員はその仕組みを稼働させる「演出家」の役割を持っている。「何を観ていただくか」が問題なのではなく、「どう観ていただけるか」が私たちの関心事である。職員は、チラシなどの告知媒体の作成から「こころ」を紡ぎ込んで行くことで「期待値」を高め、その「期待値」を裏切らず、充足していただけるように公演当日の仕組みを動かす。したがって、事業企画は、この当日の期待値を満足させるように逆算して決められている。そのような企画の進め方には、政治、社会、経済などの外部環境をかんがみて、市民の関心が向いている事業を厳選するという方法が採られている。
思いやりの心を軸にした関わり合いが可能にする
可児市文化創造センターalaは、来館者を毎年1万人から1万5000人前後ずつ増やしている。2009年の来館者総数は33万1000人だった。事業の観客は、私が就任して2ヶ年の2009年度段階で2005年度と比較して260%伸びて、32188人で前年比125%の伸びであった。「創客」というのは、顧客のロイヤルティ意識を螺旋状に進化させるとことであり、同時にその進化をブランディングに結び付ける経営手法である。ブランドとは「安心感」である。「間違いない」と思わせる競合する業種との競争優位性である。可児市文化創造センターalaが競合する相手は、テレビであり、映画であり、ゲームであり、テーマパークであり、旅行であり、ありとあらゆる心を充足させる、そして心を安らげる業種である。これらと競争しても、一層魅力的な「場」として認知されるためには、ブランド自体が強く心を捉えていなければならない。人間的な思いやりの心を軸にした関わり合いの作法がそれを可能にする。心と心の結びつきほど強いものはない。何があっても、毀損するリスクは限りなく小さい。ハイタッチ・マーケティングとは、そのような強いブランドを作るための組織の在り方に強く影響されるサービス作法である。
ミッションを共有していれば、どのようなアプローチでも構わない
そのような組織とはどんなものなのか。私は人事組織については一つの信念がある。「言葉の共有」によって「言葉が揃う」状態を組織内に作ることである。その共有された言葉さえミッションとして心得ていれば、あとはそれに向かってどのようなアプローチをしようと構わない、という考え方である。職員個々の人間としての「強み」を最大限に生かしてミッション(共有する言葉)にアプローチして目標を実現できれば、誰もが持っている「弱み」を相対的に薄めることができるという組織論である。
ハイタッチ・マーケティングは、人間に対する「真摯さ」によってのみ可能となる
「人間としての<強み>を最大限に生かして」という前提に着目してほしい。つまり前提としては「人間が好き」でなければならないのだ。コミュニケーションができない人間には可児市文化創造センターalaの職員としての「資格」がないということである。相手の気持ちになって考えられる人間、思いや心を遣える人間、気持ちを配れる人間でなければ、ハイタッチ・マーケティングは、その入り口で躓いてしまう。そういう「資質」がキモである。ドラッカーの言う「真摯さ」とはそういうことなのではないだろうか。「創客」とは心の共鳴によって成立するものであり、人間に対する「真摯さ」によってのみ可能となるマーケティングなのではないか。