第43回 「新しい広場」と「社会包摂」と「マーケティング・オリエンテッド思考」。
2014年3月2日
可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督 衛 紀生
1月17日から2月一杯まで20日間18回の長きにわたって続いた講演と視察対応セミナーがようやく終わった。ほとんど2日に一回の割合でホール建設予定の市町職員や既存の会館のマネジメントについての相談に乗り、基調講演をしてきたことになる。途中でノロウィルスにやられたり、インフルエンザで高熱を押して沖縄に出かけたりと、体力的にはもはや高齢者である私にとってはきついものがあったが、多くの新しい出会いがあり、対話があり、刺激的な1ヶ月半を過ごせた。
ほとんどの関係者に共通する悩みは二点に集約される。劇場法前文にある「新しい広場」はどのように企図され、戦略化され、コントロールされて形成されるのか、それと「アーツマーケティング」については皆目見当がつかない、という点である。実は、この二つの課題は表裏である。しかも、「第三次基本方針」によって文化芸術の「社会包摂機能が」公文書にはじめて文言となって表われて以降、文化政策が大きく転換しはじめていることが「新しい広場」の通低音になっていることに気付かなければならない。つまり、「新しい広場」の形成と、「マーケティング」思考に貫かれたマーケティング・オリエンテッドの経営理念と、文化芸術や劇場音楽堂等の「社会包摂機能」は三位一体と考えなければならないのだ。
ここにある「新しい広場」は、90年代に盛んに言われた「文化のまちづくり」とは位相が違っていることに、まずは気付かなければならない。「文化のまちづくり」は多くのイベントが行われればまちが文化的になって行くというきわめて情緒的な、科学的根拠のない「雰囲気」のようなものであった。が、ここで言われる「新しい広場」とは、前提として「社会包摂」という政策理念に裏打ちされたものであることに着目しなければならない。そのことで、男性・女性、高齢者・子供、健常者・障害者、高所得者・低所得者、格差、差別などのあらゆる「違い」を持つ人々を、コミュニティの一員として受け容れることで「違いを豊かさ」に、そして「違いを意味のないものに」する文化芸術の社会包摂機能に依拠した「新しい広場」を形成するというプロセスが明瞭に示されることになる。
このプロセスで必要なのが、「新しい価値」を創出するアーツマーケティングという手法であるのは言を待たない。ところが、「マーケティング」という経営概念が、実は日本にはまったく定着していないのである。相も変わらず20世紀型の「マーケティング=セリング」という呪縛のなかでしかビジネスが行われていないのだ。それは何も劇場に限らない。一般企業の経営実態も同じである。「マーケティング」とは「売る」ことではなく、「売れる環境」をつくることである。「新しい価値」を創出して、それを継続的に集積することですることでブランディング戦略を企図することである。
「ブランド」とは、社会的信頼・社会的信用の総称である。マーケティング企業「ガウス(Gauss)」社の創業者である油谷遵によれば、サービスや商品を購入して、継続購入をするプロセスは、「買い手がハッと思うような<手にとりたい><買ってみたい><使ってみたい><着てみたい><観てみたい>と思わせる」ような《購入促進条件》が最初にあり、次いで「そういう気持ちが生じたとき、必ず無意識のうちに<だけど買ってもいいかな><下手な買い物にならないかな>という反対の気持ちをもっている」。その「反対する気持ちを沈静化する働きを持つ条件」、すなわち《購入保証条件》が働く環境が用意されなければならない。最後に、「消費者自身の反復使用体験を通じて形成された選好パターンによって<この商品を使い続けよう>と思わせる」《選択継続条件》が働き継続顧客・固定客となる。《購入保証条件》を成立させるためには、つまり、反対気分を抑制するものとして、マスコミへの露出度数の多さ、ブランド・ロイヤリティ、仲間うちでの購入(観劇)などがある。ブランド力があれば、反対気分というバリアーに対して購入当初から高いアドバンテージを得ることが出来るのである。さらに、より高い「購入保証条件」を得るためには、文化芸術と劇場音楽堂等が持っている「社会包摂機能」を援用した「コーズ・リレイテッド・マーケティング(社会貢献型マーケティング)」手法を採用すべきであると私は考える。「コーズ・リレイテッド・マーケティング」の詳解はあらためて別稿に譲るとして、よりロイヤルティを際立たせる、より多くの人々に「社
会参加」の機会を拓くこのマーケティングの考え方は、劇場音楽堂等や文化芸術の潜在する力を充分に引き出すことが可能な経営手法であると信じる。「社会包摂機能」と「コーズ・リレイテッド・マーケティング」というマーケティング・オリエンテッドな戦略思考を適正に融合させることで、「新しい広場」は私たちの前に立ち現われる。就任以来、ここ数年間のアーラにおける「賑わいの創出」、観客数と来館者数の伸びが、その戦略の正しさを証明していると私は思っている。
「ハコモノ」に堕さず、県民市民にとって「新しい広場」として劇場音楽堂等がコミュニティで機能するためには、そして健全なまちづくりに劇場音楽堂等が資するためには、この三位一体となった劇場経営を推し進めるしかないと、私は断言する。