第70回 社会包摂型事業とアーツマーケティング。
2016年9月24日
可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督 衛 紀生
この夏から秋にかけて、講演、経営コンサル、視察調査、論文調査、ヒアリング、雑誌・テレビ取材等が非常に多く入っている。ほぼ連日という週さえある。私どもの劇場経営にはどれも大切な仕事であるのだが、なかでも目立っているのが修士論文や博士論文のためにアーラを訪れてくれる院生が目立つようになったことだ。これは正直言って嬉しい。9年前から何処でもやっていない経営手法を、経営学及び経済学的な裏付けをしっかり固めて実際の現場に導入した経緯があるだけに、その時のシステム設計の生みの苦しみが報われたという思いになる。アーラの職員はもとよりであるが、複雑な科学的根拠によって仕組まれた劇場経営のひとつのモデルが論文を通して多くの人々の目に触れ、論文を通してそのDNAを引き継いだ若い人たちがさらにより良いシステムへと進化させる機会がつくられることは、日本の劇場の在り方に「変化」をもたらすものとなるに違いないと考えている。
それらの多様な依頼はすべて、アーラの社会包摂事業である「アーラまち元気プロジェクト」と鑑賞者開発と支持者開発を目途とする「アーツマーケティング」に関するものである。舞台芸術における「アーツマーケティング」は日本ではほとんど未発達の研究分野であり、それには相当の理由があるのだが、可処分所得の漸減という経済状況下での鑑賞者開発に多くの劇場音楽堂等が苦闘していることを物語っていると私は感じている。「社会包摂」は第三次基本方針で初めて文化の公的文書にあらわれ、劇場法の大臣指針に引き継がれて、第四次基本方針でも再度書き込まれて、この4月に文化庁が提案した「文化GDP」によって重点施策のひとつとなった政策イシューであり、プロジェクト初年度の2009年の267回から昨年度の467回まで量的な増加よりも、より地域社会の課題を深堀して質的に深化させてきた可児市文化創造センターalaの方向性は公立施設としてモデルとなっていると自負している。したがって、この2つのイシューでの依頼が多いのは当然と言えば当然なのだが、アーラの採用している経営手法は、社会課題への対応と鑑賞者開発のリンクであり、好循環であり、ブランディング活動とその価値観に依拠したコーズ・リレイテッド・マーケティング(社会貢献型マーケティング)による支持者開発と鑑賞者開発であることはあまり知られていないようだ。この夏から12月までの30件を超える依頼内容のなかで、それに触れているのは札幌市芸術文化財団市民交流プラザ開設準備室からのものだけだった。まだまだ努力が足らないと思い知っている。
ところで、何故日本ではアーツマーケティングの研究も現場でも未発達なのかを考えると、日本の芸術市場の偏りと、マーケットそのものの偏在性が明らかになると思っている。そのうえで、その偏在性を克服することが文化芸術と劇場音楽堂等を確かな手触りでその効用の最大化のためのアプローチが明白となり公共財としての社会的認知に近づけるのではないかと思っている。この問題は長文にならざるを得ないこともあり、稿を改めて「館長エッセイ」にいずれ触れたいと思っている。