第128回 沖縄県立劇場のゆくえ ― 広域自治体立の劇場ホールの隘路。
2012年3月23日
可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生
沖縄芸能関連協議会(会長照喜名朝一/以下沖芸連)の招きで沖縄に行ってきました。那覇中心部にあった県立郷土劇場が老朽化で2009年に閉鎖されたため、新たに県立劇場を建設し、あわせて県文化振興条例をつくるための連続勉強会の講師にというお招きでした。文化に造詣が深く、また地域振興の専門家でもある鹿児島県副知事丹下甲一氏と私が当日の講師でした。勉強会は那覇近郊にある国立劇場おきなわの会議室で行われました。
国立劇場おきなわには初めて行きましたが、周囲を圧するような建物で、人を拒絶するようなデザインの劇場です。周囲には綺麗な芝生が配されているのですが、誰ひとりそこにはいません。なぜこんな設計がなされたのか、理解に苦しみます。設計概要を調べると「課題として沖縄らしい建築のあり方が求められた。これに対し設計者は、<堅牢で彫りの深い、かつ呼吸するような建築>のイメージを追及した。琉球王朝時代の<雨端>と呼ばれる軒下空間や網代状に竹を編みこんだ<チニブ>と呼ばれる外壁をモチーフに建物の外観がデザインされている」とあります。しかし、沖縄の街並みからすれば偉容を誇ってはいるが、異様なデザインです。県民の生活に溶け込んでいる沖縄の芸能を、わざわざ引きはがして「博物館」に隔離するような異様さです。建築家の伊東豊雄さんが「劇場に人が来ないのには建築家の責任もある」という意味の発言をしていたと記憶していますが、国立劇場おきなわは、その好例です。大事なのは歴史的な意匠ではなく、そこに住んでいる人々と芸能との関係に優しい設計ではないでしようか。車で周囲を回ってもらいましたが、あまりの温かみのないデザインのひどさに愕然としました。
私たち講師二人の持ち時間は1時間ずつで、私が劇場法と公立劇場の現在とあるべき姿、丹下さんは条例の手続き的なことと内容とその実効性についてのレクチャーが割り振られた役割でした。そして、最後に二人で質疑応答することになっていました。
そもそも、県立のような広域自治体立の劇場ホールは、サービス圏域が大きすぎるため、受益者の居住地域が限定されてしまうデメリットを最初から負わなければならないマーケティング上のマイナスがあります。丹下さんと私のあいだでは、公立劇場ホールは基礎自治体立が、住民との関係づくりにおいて、また地域振興やまちづくりにおいても基本であると意見が一致しました。それだけに、沖縄に県立劇場をつくるなら何らかの工夫を凝らしていないままでは難しい、との考えでした。したがって、まったく何処の広域自治体立も導入していない仕組みを創出すべきとの意見を参加者に申し上げました。静岡県立のSPACのように、浜松、三島、沼津から臨時バスを運行して広域のサービス圏域を担保するようにしているところもあります。また、長野県のように県立文化会館を長野市、松本市、伊那市に三館建設して広域の適正配置を担保しようとしているところもあります。ところが、その三館が活発に運営されていればそれはそれで意味があるのですが、実態としてはそうはなっていません。それほど広域自治体立の劇場ホールは難しい問題を先験的に抱えることになるわけです。
沖縄の県立劇場はソフトを製作して市町村や離島の会館に廉価で供給するスプラッシュ機能と内地からソフトを購入して市町村、離島にこれも廉価で供給するスポーク・アンド・ハブ機能を最重視する施設にすべきだと私は思っています。あるいは「廉価」などと言わず、100%県の補助として供給しても良いのではないでしょうか。それだけに施設のランニングコストを極力軽減化するためにハードはあたうかぎりコンパクトに、リハーサル施設を多くして製作機能を重視して、上演施設も最大400席程度にとどめるべきと思います。県が県民の文化権を守る、というかたちをシステムとして持つということです。
また、この施設は金曜と土曜は沖縄芸能の常打ち小屋としての観光施策に資する機能を持っているようにすべきではないかとも考えます。この機能を考えると立地は必然的に那覇市内ということになるでしょう。広域自治体立の劇場ホールは本当に難しいですし、やはり本来的には基礎自治体立であるべきだとは思いますが、上記の機能を持ち、県が相応の予算負担をするなら全国的にもモデル施設になると私は考えます。