第115回 アーラコレクション・シリーズ営業の旅から帰って― 外部環境に翻弄される公立文化施設。
2011年8月29日
可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生
来年度のアーラコレクション・シリーズ『高き彼物』(作・演出 マキノノゾミ)の地域公演の営業に行ってきました。キャスティングの決定が遅れて、お盆をはさんでの暑い盛りの8月9日から20日までの旅でした。山本陽子さんとの被災地アウトリーチに続いての強行軍の旅だっただけにいささか疲労困憊。北陸、東海、関西、中四国、九州を歩きました。多い日には一日4館を回るという「首偏に頭を下げる」の旅でした。営業に出遅れた割には12館13ステージを買っていただきました。あわせて、10年間のあいだ毎年9月の第3土曜日には全国から多くのファンが可児市を目指してやってくる『森山威男Jazz Night』の試験的な営業においても成果を得ました。来年度の『森山威男Jazz Night』には、ニューヨークから「サックスの帝王」の異名をとるジョージ・ガゾーンが来日します。これを機会に、アーラコレクションとともに『森山威男Jazz Night』の全国展開を考えています。
営業の旅のあいだ、各館とも厳しい外部環境の中で本当に奮闘をしている、という感想を持ちました。90年代後半から10年以上も続いている財政の逼迫事態、地方自治法改正による指定管理者制度の導入、「平成の大合併」による圏域内に複数のホール抱える事態の現出、公益法人改革関連三法による事務量の急増、そして現在文化庁で検討されている劇場法(仮称)の不確定要素への不安と、公立劇場・ホールを取り囲む環境は年々厳しいものとなっています。さらに、地方の公立劇場・ホールに一条の光となっていた、旅費交通費、運搬費、日当を100%補助される「舞台芸術の魅力発見事業」が、「地方のことは地方で」という不見識きわまりない仕分けの人の発言によってたった3年間で潰えたことも、東京から遠隔地の地域の文化施設を非常に苦しめることになっています。「舞台芸術の魅力発見事業」の実施要項の「趣旨」にうたっていた「舞台芸術の鑑賞機会が大都市圏に偏りがちな現状に鑑み、また、各地の優れた舞台芸術が交流する意義に鑑み、質の高い舞台芸術の全国展開を促す」が、一部の機を見て敏な「悪徳プロモーター」によって必ずしも貫徹できなかったことは制度の欠陥ではありましたが、都市部から遠隔地にある公立劇場・ホールにとって、この助成制度が命綱のようなものであったことは疑いありません。
それでも、地方の公立劇場・ホールは、実に奮闘しています。日々、過酷な現実と闘いながら地域の人々の文化権を守ろうと奮闘しています。前述した厳しい外部環境の変化に加えて、自治体の無理解という壁も彼らの前に立ちはだかっています。充分に実績のある財団であるにもかかわらず、いまだに「原則公募」という姿勢を崩していない自治体があります。「原則公募」は制度が動き始めた2003年当時に当時の総務省自治行政局長の通知を一部の自治体が自分の都合のよいように解釈して「なんとなく」言われたことであり、実は総務省もそういう文言は発していないのです。発していないばかりか、その後の総務省自治行政局長通知では、たびたび「指定管理者制度は、公共サービスの水準の確保という要請を果たす最も適切なサービスの提供者を、議会の議決を経て指定するものであり、単なる価格競争による入札とは異なるものであること」という旨の通知を出しています。にもかかわらず、「原則公募」という当時流布されたお題目に縛られて、実績のある団体を「価格競争」に引きずりこんでいます。しかも「3年」という今では古色蒼然たる指定期間で苦しんでいる劇場・ホールがいくつもありました。「3年」で何ができるのか、腰を落ち着けて中長期的な計画を練って、実行していくことなど無理です。すぐに次期の公募に備えての準備をしなければなりません。市民へのサービスが劣化したとしても一概に指定管理者を責めることはできません。
また、指定管理者制度が導入された際の全国公文協のアートマネジメント研修会で、私は、この制度は雇用問題でもある、と指摘しました。その通りの事態が進行している、という印象は今年の営業の旅でも強く持ちました。公式に統計を取った数値があるわけではないのですが、制度導入後、明らかに正職員の割合は減っています。それも激減していると言っても良いくらいです。酷いところでは、採用されてから6年間の給与は据え置きのままで、しかも時間外がつかない、というところがあります。そのうえ6年間で雇止めという契約であるとのこと。その施設では、プロパー職員のすべてがそういう待遇ということでした。さらに、週29時間勤務、すなわち3日間と5時間の勤務の非常勤職員がすべての事業を担当しているというところがありました。30時間を超えると社会保険の負担が雇用側に発生するので「29時間」という変則勤務にしているのです。事業を担当すれば、この勤務時間では当然時間外勤務は出てきます。それは「サービス残業」です。それを見て見ぬふりで役所は放置しているのです。一種の脱法行為です。「官製ワーキングプア」の拡大再生産です。先の総務省自治行政局長通知にも「指定管理者が労働法令を遵守することは当然であり、指定管理者の選定にあたっても、指定管理者において労働法令の遵守や雇用・労働条件への適切な配慮がなされるよう、留意すること」との文言が記されています。上記の労働環境は、明らかに「配慮」に欠けたものであると言わざるをえません。
そのような雇用形態のために、技術や市民との人間関係は蓄積せず、ましてや中長期的な展望を持って仕事をすることなどできません。このような労働環境では、当初に持っていた文化施設で働く喜びや誇りも短期間で萎んでしまいます。すなわち町や劇場に帰属意識のない職員によって劇場・ホールが運営されている、というわけです。どうしたって頑張りようがない、と言えるのではないでしょうか。文化庁が「アーツマネジメント人材の育成」を言い始めてから久しいが、このような魅力のない職場に良い人材が集まるとは思えません。良い人材が高等教育の場でアーツマネジメントを専攻するようになるとは到底思えません。アーツマネジメント人材の「雇用の受け皿」が必要との論議はされてきましたが、その受け皿が充分に魅力的であるか否かを考えてみる必要があります。そういう時期になっているとの認識が私にはあります。
毎年、30か所前後の劇場・ホールを営業で歩いています。その他に、公文協関連の講演会でいくつかの施設を見ています。それぞれにそれぞれの良さがあり、大きな悩みを抱えて奮闘しています。その悩みは一様のようでもあり、良く訊くと微妙にかたちを変えています。しかし、それらは自助努力で克服できる種類のものもありますが、自治体の文化度が問われる問題であったり、国が責任を持って解決策を提示しなければならない政策課題であったりします。国民の文化権は文化芸術振興基本法で認められている権利であり、その権利を守るためには、自助努力はもちろんのことですが、自治体、国がしっかりとその権利を担保することが、成熟社会にあっては公的機関の大きな責務であると思います。外部環境の変化に適応し、みずから変化することは大事な経営手法ですが、公立劇場・ホールが外部環境にいたずらに翻弄されている現実もまた見逃せません。自助努力だけでそれを克服するのは無理と思わざるをえません。文化政策は、教育、福祉、多文化とともに、21世紀の国のかたちを決める大きな課題であることを、為政者は決して忘れてはいけないと思います。