第78回 踊り場でひといき、そして「よーいドン」。

2010年3月21日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

非常勤で一年、常勤となっておよそ二年、三年間は突っ走ってきました。正直言って、アーラの一年目は「マイナス」からの出発でした。劇場の持っている可能性は、開館五年目を過ぎているというのにほとんど引き出せていない状態でしたし、職場の雰囲気は沈滞していました。とてもサービス業である文化芸術の仕事をしている職場とは思えないほどに澱んでいました。明るさがまったく感じられない空気に、実のところ途方にくれました。とは言っても、それは日本の地域公共ホールの何処にでもある光景ではあるのですが、私はそれが嫌でした。私たち職員が、自分の仕事に誇りを持ち、喜びを感じていなければ、お客さまをお迎えして、良い思い出をもってお帰りいただくことなんてとてもできるものではないと、以前からずっと思ってきたからです。

それから三年がたち、英国を代表する地域劇場のウエストヨークシャー・プレイハウス(WYP)から『オーケストラで踊ろう!』のプロジェクト視察でやってきたサム・パーキンスとゲイル・マッキンタイアの二人が「ウエストヨークシャー・プレイハウスより賑やかで、活気がある」と驚嘆するほどの劇場にアーラはなっています。とりあえずスタート地点に立てた、と感じています。この四月からが「よーいドン」だと思っています。粗々の枠組みは三ヶ年でようやく整えられたと感じています。私の任期はあと二年ですが、細部にわたっての制度の精査と、まだまだやらなければならないことがあります。さらに新しい仕組みを設計し始めるのがこの四月からだと心得ています。「可児市」に何を残せるか、ひとえにこれからの二年間の過ごし方にかかっていると思っています。お客さまを大切にする、お客さまが受けとる価値を第一に考える、という企業風土はできたと思っています。職員はお客さまの「受取価値」をより高度化するためにいろいろな工夫をしてくれています。単なるサービス業の「to somebody」から、お客さまのために何ができるかを自問し、実行しつづける「for somebody」へ、です。

そのひとつが、この四月から実施する「お元気ですかチケット」です。75歳以上の可児市民ならば、お電話で申し込んでいただければ、職員がお宅にチケットをお持ちして「お変わりありませんか」とお声掛けをする仕組みです。可児市は車社会ですし、まちの周縁に戸建団地が散在している事情もあり、その都度アーラのチケットブースまで足を運ぶのが大仕事となるご高齢の方も多いと考えました。インターネット予約と違って席をご自分で選ぶことはできませんが、日々の生活のご様子をうかがいながらチケットを宅配するサービスは、今後、より加速的に進むとされている高齢化社会でのゆとりある文化生活の形成に対応するものと思っています。

この三月に『オーケストラで踊ろう!』が終わってから、来し方を振り返りながら、ちょっと一息をついています。この3年間、いろいろな仕組みを設計して動かしてきましたが、不十分な点はいろいろとあります。その一つひとつを精査検証して、お客さまにより喜んでいただけるように、そして良い思い出をたくさん持って帰っていただけるように修正を加えなければならないと考えています。また、人事に関する課題もあります。劇場・ホールは「ひと」です。九割方は「ひと」で決まります。「ひと」が変われば、サービスの質は確実に変わってしまいます。むろん、一定程度の人事の流動化は必要です。また、若い職員が多いだけに、結婚や出産、介護などでの退職や休職は避けようもありません。また、アーラの人材が他の会館から求められることも今後はあり得ます。それでも「サービスの質」を微々たる変化にとどめなければアーラは市民の皆さんの負託に応えていないことになります。今後に予想される大きな課題のひとつがそこです。その人事ローテーションが澱みなく回るようにしなければ、最終的に不利益をこうむるのは可児市民です。それは絶対に避けなければなりません。その責任は私たち管理職員にあります。質を落とさないで「アーラ」でありつづけるのは、私一人がどう頑張っても、何とかなることではありません。

アーラの職員に必要な資質は、第一に「人間性」です。前向きに物事を考えて実行できること、失敗してもそれを学習の機会に出来る性格です。学歴や職歴や家庭環境は、劇場の仕事をするにはまったく関係ありません。唯一の「資格」と言えば、コミュニケーション能力に長けていることぐらいでしょうか。しかし、それが難しいのです。そういう人材はなかなか居ないのです。それだけに、より広範囲から、日本中から「アーラで働きたい」という多くの志望者に集まってもらいたいのです。そのためには、アーラのブランディングは必須です。結果として最終受益者である可児市民の利益を守ることになると考えています。この三年間は、そのブランドづくりの外枠をつくってきた時間でした。

アーラの職員は物凄いスピードで成長しています。お客さまの受取価値を高める工夫や演出力は、他の公共ホールに行ったら群を抜くと思っています。それだけ日々の仕事で要求されているものは大きいし、それを常に考えることを私は彼らに求めています。それだけに、現在の「戦力」で何時までアーラを進化させ続けることができるのか、一息ついた踊り場で考えるのは、どうしてもそこに行き着いてしまいます。アーラはまだまだ進化できます。それには人材の質のキープがどうしても必要です。それを担保するために、「地域劇場のトップランナー」のブランドづくりが私の仕事になってくるのです。ともかくも、あと二年間の任期でどこまで行けるかが、私の最近の関心事です。その先は、身体と能力との相談でしょうか。