第77回 アーラが目指す『人間の家』とは

2018年2月18日

可児市文化創造センターala 事務局長 山口和己

アーラの事務所の壁には、どの職員の席からも見ることの出来る位置に『We are about people, not art.』(私たちは崇高な芸術ではなく、「人間」についての仕事をしている)『We offer experiences, not shows.』(私たちは興行ではなく、「体験」を提供する)~英国芸術評議会の「優れた劇場の定義」~と大書したパネルが掲げられ、全員がこの精神を共有して日々の業務に励んでいます。

アーラが平成14年7月に開館し、15年半ほど経過していることはこれまでも何度か触れてきました。そして、オープン後、最初の5年間くらいは建物も新しく、近隣を始め、全国の関係方面から多くの視察に来訪いただけたことは、光栄なことではありますが、往々にして新しい施設においてはどこでも展開される事象かと思われます。
しかし、間もなく経年劣化等による大規模改修も計画しているここ数年を見ても、未だに多くの視察の方々をお迎えできていることは、非常に誇らしいことでもあり、また、大きな励みになっているところです。

昨年度から過去5年の視察の状況を見ると、年間平均45件、500人という実績となっています。今年度も現時点ですでに43件を数えています。
視察の目的の主なものは、アーラの活動内容とその根本にある劇場運営方針かと思われます。
皆さんをお迎えする時は、概ね、運営方針とそれに基づく各種事業については、衛館長が求めに応じて説明し、私や総務担当の者で施設を案内するといった方法でおもてなしをいたします。

貸し館等、使用状況によって施設の案内は一律ではありませんが、まずはロビーに備え付けの机や椅子で憩う人たちを見ながら、図書コーナー、DVD・ビデオ視聴コーナー、パソコンコーナー及び続き構造のギャラリーの説明をします。ここで、全面ガラス張りで視界に広がる建物の外、「水と緑の広場」の様子も見ていただきます。親子連れや友人同士で遊んだり、ダンスの練習をしたり、日によって様々ではありますが、市民の癒しの場になっています。
次に、ギャラリーを突っ切って「主劇場(愛称:宇宙のホール)」の楽屋口から楽屋、そしてステージにご案内し、自走型の音響反射板やステージ側から3階構造の1,019席の客席を見ていただきます。場合によっては、奈落も案内し、オーケストラピットや“せり”の構造を説明します。そして、一旦楽屋口を出て、「小劇場(愛称:虹のホール)」の楽屋口から楽屋、そしてステージに立って、2階構造311席の客席、そして張り出しステージ等の構造をご案内します。

次にG階という最下階にある、小劇場から続く小道具・大道具を作製する「製作室」、一般貸館も可能な「木工作業室」、座席数100のミニ映画館「映像シアター」を案内した後は、第1から第3まで3室ある防音を施した「音楽練習室」のいずれか1室を案内、99%の稼働率でなかなか空いていない「演劇練習室」が空いていればご案内します。

1階に上がってロビーに戻り、正面玄関から連なる「美術ロフト」「演劇ロフト」「音楽ロフト」の多目的利用にも耐える3部屋を案内、それを出たところで、ロビーに面したオープン階段をさらに登って、2階へ。ここでも机や椅子のある共有スペースで勉強する学生や憩う人たちを見ながら「ワークショップルーム和室及び洋室」を、そしてカーペット張りの3分割も出来る、パーティーからセレモニーまで多用途に使用できる「レセプションホール」をご案内、また、会議室にも利用できる「研修室」も見ていただきます。
無料開放している「キッズルーム」やコイン印刷機や丁合機、裁断機等を備えた一般貸し出し用の「印刷室」、アーラの事業に協力する活動などで利用登録した団体が使用できる「創造スタッフルーム」をご案内します。

最後に、グランドピアノも運搬できる程の、50人乗り込み可能なエレベーターの大きさを確認していただきながら乗っていただき、スタート地点に戻って施設見学は概ね終了となります。
視察行程によっては、この後、お食事やティータイムのためにレストラン“カテリーナ・ディ・アーラ”をご利用になられる場合もあります。このレストランは、隣町のシティホテルが経営し、本格的なイタリアン料理をはじめ、お値打ちなランチも楽しめます。

さて、衛館長が、当館の館長に就任されてからまもなく丸11年になります。
常々館長は、可児市文化創造センターを「芸術の殿堂」ではなく、「人々の様々な思い出が詰まっている人間の家」でありたいと願っておられます。
そして、「芸術のための芸術」ではなく、「人間のための芸術」であってほしい。 芸術を進化させ、新しい芸術の様式を生み出すのもパブリックなミッションであることは認めるが、公立の文化施設は、人間をど真ん中に据えて経営されるべきではないか。少なくとも、大都市圏以外の中小都市の公立劇場はそうありたい。 と訴え続けて来られました。

さらに、このアーラには張り紙による注意書き等は一切ありません。私を含め、役所の人間は、ともすれば公共性、公平性を意識するあまり、注意書きをあちらこちらに張りたがる傾向があるように思います。
館長の考えでは、ほんの一部の心無い人に注意をするものが、多くの善良な人たちに不快感を与える。多くの人たちの心休まる場所にするためには、注意書き等は不要だというもので、その思いをスタッフ全員が共有しています。
ところで、地域に根付いた劇場として、「可児市文化創造センターala」を全ての市民の経験と思い出の詰まった『人間の家』でありたいこのアーラですが、ちょっとした波紋が起きているようで、紹介したいと思います。

つい先日、アーラのロビーに常設の意見箱に次の意見書が入れられました。
・「子どもがうるさい。多少のうるささならよいが、度を超えている。親のしつけにも問題があると思う。~浪人生~」
・「子ども、そのママたちがうるさい。人生をかけた受験のための勉強の邪魔をされてはかなわない。しゃべるなとは言わない。ただ、周りの人々のことも考えて行動し、それを子どもにも指導するべきではないのか?それが親の責務であると私は思う。また、それを傍観している職員たちは、それで仕事をしているといえるのか?給料に関係しなくても、公共の利益のために行動すべきである。」

皆さんはこれを読まれてどう思われるでしょうか。受験生にとっては、非常に大事な時期で、こうした気持ちは十分理解できます。でも、ロビーに用意したイスと机は、受験勉強のために用意したものではなく、また、その反対に「学生に机やイスが占領されていて、休む場所が無い。勉強道具を広げた学生たちを排除してほしい。」と書かれたこともしばしばありました。
こうした、双方の意見がぶつかることはよくあることであり、家庭の中においても似たようなことが日常茶飯事的に起きているのではないでしょうか。受験生等の机やイスの占拠については、かつて市議会の場でも議論になったことを私自身記憶しています。そして、その対策として、アーラは、排除ではなく、可能な範囲での机やイスの追加をして、人を受け入れる方向での解決を考えて来ました。

ロビーなど共有スペースでは、普通に会話等はしてもいいし、受験生たちも勉強に集中しやすいなら利用してもいいし、お互いに配慮の気持ちを持ってこのアーラに入って来てもらえたらいいなと思っています。
実際、私自身、ほほえましい光景に何度か出会っています。一生懸命母親に何かを説明をしている小さなお子さんに、「お兄ちゃんたちが勉強しているから、もう少し小さなお声でしゃべろうね」と言う若いお母さん。机にはいっぱい勉強道具は並べているものの、空いているイスをお年寄りに勧める受験生らしき学生の姿。こんな光景がいつも自然に繰り広げられたら、このアーラも本当に『人間の家』になれるのではないかと思います。