Special 文学座公演「昭和虞美人草」マキノノゾミ、上川路啓志、鹿野真央 インタビュー
明治の終わりに書かれた夏目漱石の名作「虞美人草」。
その舞台を高度掲載成長末期の昭和48年に置き換え、ロック雑誌の発行に情熱を燃やす若者たちの物語に翻案した文学座の注目の公演「昭和虞美人草」が登場。
― 原作は、職業作家になる道を選んだ漱石の最初の作品として知られる新聞小説です。
マキノ 「虞美人草」を読んだのは大学に入った1979年の夏でした。その時は印象が薄くて、ただ終盤で宗近が、恩師を裏切って他の女(藤尾)と一緒になろうとする友達・小野に「お前、真面目になれよ!」って説教するくだりだけはよく憶えていた。7年くらい前に久しぶりに読み返したら、やはり同じ場面でグッと来て、これは舞台作品になるなと思ったのです。それから設定をどうしよう、できれば現代に近づけて書きたいなと考えていた。この小説が朝日新聞に連載が始まったのが明治 年で、漱石は維新を知らない世代の若者たちを意識して書いており、それを何に例えようかと思案していたら、戦後 年以上を経た高度経済成長末期、 年安保闘争後の若者がぴったりじゃないかという気がして、それってロック(洋楽)全盛期じゃん! って自分の中で結びついた。
― それでロック雑誌の編集部が舞台に。クライマックスで宗近が小野に言う「真面目っていうのはね君、つまりはロックってことだよ」というセリフが鮮烈です。
マキノ 当時は、ロックを単なる流行音楽じゃなく《生き方》やカルチャーとして捉えた雑誌『ロッキングオン』が創刊(1972年)されたりして、若者が真面目に《ロック》していた。それが今から見れば何とも健気で微笑ましくもあり、国際社会の中で日本人としてのアイデンティティを模索していた明治の青年たちの姿に重なった。
上川路 自分は洋楽にあまり詳しくはないのですが、文学座の研究所で、先輩から言われたままじゃなく、自分で面白いと思った芝居をする時にみんなと 《ここはいっちょロックで行こうか!》 みたいな使い方をしていましたね。大きなものに流されず、自分の心に正直(真面目)になる…みたいなイメージ。だから宗近役として小野へのセリフには共感できます。
鹿野 私もあまり聴いたことがないので音楽としてのロックはよく分からないけれど「自分の信じた道を行く」のがロックなのかなって、何となくこの脚本を読んで思いました。
マキノ 若者っていつの時代も真面目に悩んでいるもの。だから今回は令和の悩める若い世代が観て「何だ、今と変わんねぇな」って元気になるような作品にしたかった。そして自分のような年長者には「何か懐かしいな」って思って貰えたら嬉しい。
― 宗近ってどういうキャラクターだと思いますか?
上川路 自分は今日の稽古でマキノさんが仰っていた、「こんな奴まずいないよ、でもどこかにいるはず」っていう助言がとても面白かったです。
マキノ 飛んできた球を何も考えずに打つような奴、先のことなんか考えない(笑)。人間は人間らしく生きていれば、それで十分だって単純に考えているタイプ。だから友達が困っていれば助けるし、恩人を裏切るようなマネを許せない。古典落語に出てくる長屋の「八っつぁん」「熊さん」みたいなの。それに対して小野や甲野は《内面》にこだわる典型的な明治の知識人。漱石作品の例でわかりやすく言うと、宗近は「坊ちゃん」で小野は「赤シャツ」かな。
― ヒロインの藤尾は、いわゆる《悪い女》ですよね?
鹿野 演出の西川さんに、「藤尾はお前みたいな女だよ」って言われて、私ってこんな平気で人の心を踏みにじるような酷い女だと思われてるの? って、凄いショックでした。祖母も『虞美人草』が大好きで、今度文学座でやるって話をしたら喜んでくれたのですが、私の役が藤尾だと知ってあからさまにガッカリしていましたね。それなのに一言、「でも配役した人はアンタのことよう分かっとるね」って。おばあちゃんまで(笑)。でも演じるのはちょっと楽しいかも。
マキノ 藤尾は《悪い女》だけど魅力的。自分の中では 年代の桃井かおりさんや秋吉久美子さんを思い浮かべました。オシャレでミステリアスな小悪魔、男たちを手玉にとっちゃうような。「こういう女に弱いんだよな、オレ」って自分でニヤニヤしながら書きましたね(笑)。
鹿野 個人的には一幕のラストで(小野を巡る恋のライバルである)小夜子と並んで喋る場面が大好き。今から立ち稽古が楽しみ。
―ビートルズの〈ペーパーバックライター〉とかデヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』とかストーンズの初来日中止とか、具体的なロック・アイコンが随所に散りばめられているのも楽しいです。
マキノ やはり固有名詞が重要な意味を持っている。好きなモノがその人を表す、そういう《個性》 の時代のはしりだから。だから音楽関係に限らず細かいアイテムまで、例えばタバコの銘柄もこの人はぜったいチェリー、藤尾はフィリップモリス、宗近はハイライトって決めて書いたりしましたね。当時中学生だった自分にとっては憧れのお兄さん&お姉さんの界。演出の西川さんはもろにドンピシャ世代みたいですが。
― 公演が楽しみですね。東京の文学座アトリエと同じ作品が観られる可児の皆さんが羨ましいです。
マキノ 漱石の『虞美人草』とは異なる《オレ流》のラストにご期待下さい。
上川路 アトリエとよく似たアーラ小劇場の舞台に再び立てるのを楽しみにしています。
鹿野 誰かの明日を生きる力になるような作品がやりたくて役者になりました。『昭和虞美人草』はコロナ禍に生きる私たちにとって、道しるべになるような作品だと確信しています。
取材/東端哲也 撮影/中野建太 協力/フリーペーパーMEG