第24回 自主企画事業「高き彼物」可児公演が終了
2012年7月23日
可児市文化創造センターala 事務局長 桜井孝治
気が付けばカレンダーが7月となっています。今年、特に4月以降は日が経つのが早く感じます。アーラへ来て3ケ月、来館者の中には顔見知りの方も多く、声をかけていただくこともしばしばです。「やりがいのある職場ですネ」「土日出勤は大変じゃないですか」・・お心遣いありがとうございます。「ご栄転おめでとうございます」に対しては通常の人事異動の一環であることを説明しています。
いろいろ覚えることや新たな発見が多い中、先日は市議会のアーラを所管する建設市民委員会に”参考人”として出席する体験をしました。財団は市からの出資を受けて設立されていますので、地方自治法の規定を受け”経営状況を説明する書類”、具体的には平成23年度の実施事業や決算状況、平成24年度の事業計画や収支予算を市経由で議会に提出します。その資料を市の担当主幹が説明するので、それに対する質疑に私が答えるという役目です。質問するのは市議会議員ですが、その背景には市民の有権者が控えています。アーラの活動に対する称賛を頂く一方で、改めて厳しい市の財政状況の中で指定管理料をいただいていることを再認識した委員会でした。
さて今回は先月末で可児公演が終了した自主企画事業「アーラ・コレクションシリーズ」を紹介します。このシリーズは過去の秀作にいま一度焦点をあて、俳優やスタッフが可児市に約1ケ月半滞在して質の高い演劇作品を創作していくもので、可児で作った作品は引き続き東京で、その後全国へ向けて発信する地方発のプロジェクトです。
本年度は第5弾として「高き彼物(かのもの)」を上演しました。これは平成12年に書かれたもので「第4回鶴屋南北戯曲賞」(新作戯曲を対象とした文学賞の1つ)を受賞した演出家マキノノゾミさんを代表する作品です。今回はその作品をマキノさんご自身が演出を手掛けるということで、これだけでワクワク感が高まります。物語の舞台は昭和53年夏の静岡県のとある田舎町。小さな事件をめぐって、信念を持ってまっすぐに生きる元教師とその周囲の人たちを、丁寧に愛情を込めて描いています。
5月中旬に関係者が全員集まり稽古がスタートしました。俳優7人もほとんどが「はじめまして」と挨拶を交わしています。俳優及びスタッフは市内のウィークリーマンション等に分かれて自炊しながら滞在することになります。この作品は根底に”人間愛・家族愛”がテーマとなっているので、このような合宿型を通してお互いの人間関係の構築に合わせて作品を創り上げていく方法が功を奏してします。もし”憎悪、敵対”をモチーフにした場合はこの手法はどうかと考えますが、まず第一にアーラではその種の台本は選ばないこと、仮に選んだとしても、プロなら、芝居の内・外を切り替えられるとのことで、この点に関しては素人が心配するには及ばないようです。
これを読んでいただいている方には、出演する俳優さんはどんな人なのか興味があるのでは。舞台やテレビで見るのと比べて実際はどうなの?という疑問に少しお答えします。皆さん総じて声の質がいいのが印象的でした。当たり前ですが声量があって滑舌が良い。容姿はもちろん声も役者としての立派な”武器”になるものだと感じました。
作・演出のマキノノゾミさんは大柄な風貌とは違って、本当に繊細な演出をされる方です。台本の句読点の「、」には意味があること、その場面に込められた思い、小さな相槌に至るまで、キチンと自分の考えや台本に書くに至った背景や経緯を丁寧に伝える手法を続けました。稽古に入ってから知ったのですがマキノさんは伝説の劇団MOPを率いた方であり、その解散ドキュメント番組を観てからは、好感度が一段と増しました。ギターも上手で人間としての”引き出し”の多さに魅了される一方、少しシャイな一面も持ち合わせていると感じます。
演出助手の森和貴さんもこれまた体格のいい方です。元高校球児とお聞きしました。台本読みの際にはト書きを担当する訳ですが、これがまたすごいんです。何がといって声がです。裏方に回っているのが本当に惜しいです。またきれいなお酒の飲み方をされます。
出演された俳優7名についての感想は、順不同ですが、石丸謙二郎さんは本当に気さくな方で、テレビのスポーツアスレティック番組の出場者そのもの。休憩時にはアーラの芝生広場にある木に登ったり、浅い池の中に入ったり、石垣を横伝いに渡ったりしていました。ある時には館内の共有スペースで子どもの勉強をみているという光景もありました。「物語の舞台と環境が似ている可児に滞在しながら芝居を作ることができて贅沢だと思う。」との感想をいただいています。先ほど紹介した高校生が初日と最終日に観に来てくれたことを大変喜んでくれました。
田中美里さんは稽古期間中を通して本当にキュートな方という印象で、存在自体に”華”があり、稽古前にテラスでお茶を飲む姿はそれだけで絵になっています。しかし一度演技に入ると他を寄せ付けないような強い一面を見せてくれます。お人柄はさっぱりとした性格で、男性はもちろん同性からも好かるタイプとお見受けしました。声優としての実力も具えています。「可児の市民サポーターの方に支えられて、本当に人とのつながりに温かさを感じます。出演者も家族のようになってきて、作品にも生きてくると思います。」うれしいお言葉です。
金沢映子さんは以前からアーラとはお付き合いがある方です。事務所にもフラッと顔を見せアーラの風景に一番馴染んでいます。これほどの実力者が脇を固めていることで、芝居に厚みをもたらします。芝居を離れるととてもお茶目な一面もある素敵な方です。人の話をきちんと聴いて下さる”傾聴”の姿勢は私達も見習うところです。
品川徹さんと酒井高陽さんは、今回の役回りは”クスクス笑いの誘導担当”となっています。品川さんにいたっては大ベテランではありますが、本当に気取ったところがありません。自然体で私達のような事務員にも丁寧に接していただきました。酒井さんについては普段からお洒落な方ですが、マキノさんと同じ劇団の団員として活躍された方であり、カッコ良さや粋を感じます。稽古外ではムードメーカーの役割も果たしているようです。
細見大輔さん、藤村直樹さんについては、タイプの違う若きイケメン2人、古い例えで恐縮ですがしょうゆ顔かソース顔か、今回の役柄ではクールに演じるのか若さを全面に出すのかの違いはありますが、これからの演劇界を背負って立つのは間違いありません。これからどんどん知名度やマスコミでの露出度が上がると思いますが、その時のコメントも既に用意してあります。「この俳優さんはこれだけ有名になる前から観ているけど、その頃から将来性があると思っていたんだ。」
また、アーラ・コレクションシリーズを語るうえでは、市民サポーターの皆さんの存在を抜きに語ることはできません。人数は約30名、交替でお茶場や雑用を担当したり、掲示物やPRグッズを作成します。今回は作品の内容に合わせて「わが師」と題する短歌を市民から募集、全応募作品を短冊に書き写して、ロビーへ展示してくれました。サポーターの存在はとにかく裏方に徹し、表舞台に出ることは決してありません。役者やスタッフの方から労いの言葉をいただくのが唯一の報酬です。あと財団からは揃いのTシャツをお渡ししていますが、それだけです。
ある日の朝、地元のテレビ番組を見ていると、その日は前にもご紹介した花フェスタ記念公園から生中継があった日だったんですが、最盛期のバラをレポートする背後でテレビカメラのフレームに収まるようお揃いのTシャツを着て「高き彼物」のポスターを持っているサポーターさんが何人かいて、驚くのと同時に”そこまでやってくれるのか”とうれしかったです。朝6時半に公園に出かけたそうです。その他出演者に手作りカレーを振る舞ったり、自宅で栽培した野菜を差し入れしたり・・本当に頭が下がります。ありがとうございました。
私達は年間を通じて多くの事業を抱えています。年度初めに立てた計画に沿って1つの事業が終われば次の事業に取り組んでいくことになります。複数の事業を並行して進めることも日常茶飯事です。個々の事業に感情移入や思い入れを持っていてはプロとして失格かなとも思いますが、可児公演が終わった今、強い虚脱感を感じているのも事実です。モノを創り上げていくということは無形であれ有形であれ、やりがいのある仕事であることを体感しました。
役者とスタッフは余韻に浸る間なく、この後修学旅行で使うような”旅のしおり”を持って東京公演(7公演)、そして全国(8公演)に向けて出発しました。担当職員もこれに同行します。彼らはみていても既にフラフラの状態です。曜日感覚やこの前休んだ日がいつだったかも解らなくなっていると思います。アーラの職員は体力はもちろん、ツアーコンダクターとしての資質も必要です。これから一行が訪問する地域の皆さん、また上演をさせていただく会館・ホールの皆さん、可児で温めた作品と気力と精神力だけで踏ん張っている職員をどうぞよろしくお願いいたします